学に関する動物実験なので、気圧の低くなった硝子鐘《ガラスがね》のなかに棲息《せいそく》するモルモットの能力について、これから一時間毎に、観測をしてゆこうというのだった。大尉は専《もっぱ》ら指揮を、理学士は器械部の目盛を読むことを、そして軍医がモルモットの動物反応を記録するのが役目だった。この三人の学者は、毎時間に、五分間を観測と記録に費《ついや》すと、故障の突発しないかぎり、あとの五十五分間というものを過ごすのに、はなはだ退屈《たいくつ》を感ずるのだった。
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「この調子で、暁け方まで頑張るのは、ちと辛いね」と大蘆原軍医が、ポケット・ウィスキーの小さいアルミニューム製のコップを、コトリと卓上《テーブル》の上に置きながら云うのだった。
「軍医どのの栄螺《さざえ》料理が無ければ、儂《わし》は五十五分間ずつ寝るつもりだった」と川波大尉が、ポカポカ湯気《ゆげ》のあがっている真黒の栄螺の壺《つぼ》を片手にとりあげ、お汁をチュッと吸ってから、そう云った。
「大蘆原軍医殿は、この栄螺の内臓を珍重《ちんちょう》されるようだが、僕はこんな味のものだとは、今日の今日まで知らなかった」と、星宮理学士は、長い箸《はし》を器用に使って、黄色味がかったプリプリするものを挾《はさ》みあげると、ヒョイと口の中に抛《ほう》りこんで、ムシャムシャと甘味《うま》そうに喰べた。
「そうです、これは一種異様の味がするでしょう。お気に入りましたか星宮君」と軍医は照れたような薄笑いを浮べ、ダンディらしい星宮理学士の口許《くちもと》に射るような視線をおくった。
「そうかね、僕の方の栄螺は、別に変った味もないが、どうれ……」と大尉は、向うから箸をのばして、星宮理学士の壺焼の中を摘もうとした。
「吁《あ》ッ、川波大尉」駭《おどろ》いたように軍医はそれを遮《さえぎ》った。「まだ栄螺は、こっちにもドッサリありますから、こっちのをおとり下さい。なにも、星宮君が陶酔《とうすい》している分をお取りなさらなくても……」
そういって、何故か軍医は、大尉の前に別の壺焼を置いたのだった。
「あ、そうか、これはすまない」と、大尉はちょっと機嫌を損じたが、アルコールの加減で、すぐ又元のような上機嫌に回復した。「こんなに新しいと、いくらでも喰えるね」
「いや、今僕の喰ったやつは、中で一番違った味をもっていてね、珍らしい栄螺だった」と、理学士はまだ惜しそうに、空《から》になった殻《から》を振り、奥の方に箸をつきこみながら、舌なめずりをした。「やあ、いくら突ついても、もうでてこないや」
「僕の御馳走が、お気に召して恐縮《きょうしゅく》だ」大蘆原軍医は、ウィスキーをつぎこんでも、一向赤くならない顔をあげていった。「だが、食うものがボツボツ無くなり、こう腹の皮が突っ張ってきたのでは、一層睡くなるばかりだね。――それじゃ、どうだろう。これから皆で、一時間ずつ交替で、なにかこう体験というか、実話というか、兎《と》に角《かく》、睡気《ねむけ》を醒《さ》ます効目《ききめ》のある話――それもなるたけ、あまり誰にも知られていないという話《やつ》を、此の場かぎりという条件で、喋《しゃべ》ることにしちゃ、どうだろうかね」
「ウン、そりゃ面白い」と星宮理学士が、すぐ合槌《あいづち》をうった。
「いま九時をすこし廻ったところだから、これから十時、十一時、十二時と、丁度《ちょうど》真夜中《まよなか》までに、三人の話が一とまわりするンじゃ。川波大尉殿、まず君から、なにかソノ秘話《ひわ》といったようなものを始め給え」
「儂《わし》に口を開かせるなんて、罪なことだと思うが」と川波大尉は、ちょっと丸苅《まるがり》の坊主頭《ぼうずあたま》をクルリと撫《な》でながら、「どうせ三人きりのことだ。一人|脱《ぬ》けたって面白くあるまい。それじゃ、何か話そうか、ハテどんなことを喋《しゃべ》ったものか……」
第一話 川波大尉の話
「大蘆原《おおあしはら》さんが云ったとおり、本当にこれは此場《このば》かぎりの話なんだが、一昨年《おととし》の秋の事、南太平洋で海軍の特別大演習があった時の事だったが、演習もいよいよ峠《とうげ》が見えて来た四日目。場所は、退却を余儀なくされている青軍《せいぐん》の最前線にあたる土佐湾《とさわん》の南方五十|浬《カイリ》の洋上だった。
儂は、この青軍の航空母艦『黄鷲《きわし》』に乗っていて、戦闘機を一台受持ってた。こいつは最新型というやつではないが、儂達《わしたち》には永年《ながねん》馴染《なじみ》の、非常に使いよい飛行機だった。当時儂の配属《はいぞく》は、第十三戦隊の司令で、僚機《りょうき》として、同型の戦闘機二台を引率《いんそつ》していたのだった。わが青軍の根拠地の土佐湾は、いよいよ持ちき
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