讐だ! きっと其の男を殺して、八ツ裂《ざ》きにしてやるんだ。おれがその男を殺した廉《かど》により、次の日、死刑にされたっていい』
 と家中を呶鳴《どな》って歩いたものだ。彼は復讐の方法をあれやこれやと考えたのだったが、遂には、それはすべて無駄だと判った。それというのが、その男は、星宮君と同じような近代的の主義思想の男で殺されても一向制裁と感じないという種類の人物だった――とマア、斯様《かよう》に連絡をつけて話をしないと、どうも面白味が出てこない」
 軍医はポケットから手帛《ハンカチ》を探しだして汗を拭いた。このとき南に面した硝子窓《ガラスまど》が、カタコトと鳴って、やがてパラパラと高い音をたてて大粒の雨がうち当った。
「ほう、これはひどい雨になったな。――で其の次兄というのが、智恵袋《ちえぶくろ》を、いくたびもいくたびも絞《しぼ》りかえしているうちに、とうとう彼は、その場に三尺も躍りあがるような、素晴らしい復讐《ふくしゅう》を考えついたのだった。それは……」
 と、ここまで大蘆原軍医が話してくると、どこかで、
「コトコト、コトコト……」
 と扉《ドア》を叩くような物音がした。三人の男は、サッと顔色をかえると、一|斉《せい》に入口の扉の方にふりむいたのだった。
「吁《あ》ッ!」
 扉が、しずかに手前へ開いてゆく。
 扉の蔭から、若い女の姿が現われた。ぴったり身体についた緋色《ひいろ》の洋装が、よく似合う美しい女だった。
「紅子――」
 そう呼んだのは、川波大尉だった。それは、紛《まぎ》れもなく川波大尉夫人の紅子に違いなかったのであった。
「紅子、お前は一体、どうしてこんな夜更《よふけ》に、こんな場所までやって来たのだ」
「ちょいと、お顔がみたかったのよ。それだけなの、おほほほほ」
 と紅子は笑いながら、悪びれた様子もなく一座を見まわした。このときニヤリと笑ったのは、星宮学士だった。待ち構えたように、それを逸早《いちはや》く認めた川波大尉だった。彼は軍医の話をそちのけにして、スックリ其の場に立ち上った。
「紅子、お前にちょっと聞くが、儂が土耳古《トルコ》で買ってきたといった珍らしい彫刻のある指環を、お前にやって置いたが、先日そいつを、どこかで失くしたと云ったね」
「エエそうですわ。でもあれは、もう済んだことじゃありませんの」と紅子は、丸い肩を、ちょっとすぼめるようにして
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