いらと部屋中を歩きまわる。結局決ったのは、もっと別の部屋を探してみようということだった。
そのチーア卿が、五番目の部屋に侵入したときに、漸《ようや》く満足すべき結果に達した。
「ああ、これだ、これだ」
卿の駈けよったのは、部屋の壁全部を占領している大金庫であった。この中にこそ、金博士の重要書類がぎっしり入っているに違いない。
幸いにして金庫破りにかけてはチーア卿は非凡なる技倆を持っている。彼はこの方では英国に於ける第一人者といって差支《さしつか》えないほどの研究者である。その大金庫は、僅々《きんきん》十一分のうちに見事にぎいっと開かれた。
ところが、この金庫の中に、卿をひどく当惑させるものが待っていた。というのは、予想どおり設計書が一件ごと別々の袋に入ったものが、三百何十種収められて居り、その袋の表面を見ると、「世界一の発明。引力|相殺装置《そうさいそうち》」とか「世界一の発明、宇宙線を原動力《げんどうりょく》とせる殲滅戦《せんめつせん》兵器」とかいった具合に、どれを見ても、名称の上に「世界一」を附してあることだった。これではチャーチルの命令に応じて、最も勝《すぐ》れたる世界一の発明兵器として、どれを択んで持ち帰りなばよろしきや、さっぱり分らない。チーア卿たる者、宝の山に入りながら、あまりに夥《おびただ》しき宝に酔って急性神経衰弱症に陥ったきらいがないでもない。
こうなると人間はいやでも単純に帰らざるを得ない。つまり、何でもよいから、持てるだけ持って帰ろうということだ。チーア卿は両手に抱えられるだけの設計書袋の束を二つ拵《こしら》えて、それをうんこらさと抱《かか》えあげると後をも見ずに金博士の部屋からおさらばを告げたのであった。盗み出した設計書の件数、しめて五十三件、さりとは慾のないことではある。
3
チャーチルの泥棒特使が仕事を終って去ったが、ルーズベルトの特使二人の方は、いつまでもまごまごしていた。
が、彼らにもようやくチャンスは巡《めぐ》り来《きた》り今や彼等は駿馬《しゅんめ》の尻尾《しっぽ》の一条を掴《つか》んだような状況にあった。というのは、たまたま燻製屋台へ買いに来た金博士の若いお手伝いの鉛華《えんか》をルス嬢が勘のいいところで発見、そこへベラントが特技を注《そそ》ぎ込んで、たちまち鉛華をおのれたちの薬籠中《やくろうちゅう》のものとしてしまったからである。
「旦那さまぐらい燻製ものに理解がおありになり、そして燻製ものをお好みになる方は世界に只《ただ》お一人でございますわよ」
と、鉛華も遂《つい》に本当のことをぶちまける。いよいよチャンスは来たぞと、燻製屋に化けこんで苦労のかぎりを今日まで尽《つく》していたルスとベラントは、うれしさが腹の底からこみあげてくるのを一生懸命に押し戻し、
「まあ、そういう頼母《たのも》しい御方さまに巡り会いますなんて、神様のお引合わせですわ」
「そうだとも。それに……ちょっとこっちへ来てください、美しい鉛華さん」
「あら、お口がお上手なのね。警戒しますわ」
「いやなに、ざっくばらんの話ですが、貴女《あなた》が金博士にわれわれをとりもって下されば、博士の貴女に対する信頼は五倍も十倍も増しますよ。俸給《ほうきゅう》も上るでしょうし、うまいものも喰べられる。そればかりじゃない、われわれも儲けの一部を貴女に配当します。もちろんこれは断じて闇取引じゃない、正当なる利得ですし、それにねえ鉛華さん……」
と、ベラントは此所《ここ》を先途《せんど》と商才のありったけをぶちまけて、遂に鉛華を完全に手に入れてしまったのである。
そうなると、一刻も早く本当の商売に突入しなければならない。ルスは各種の燻製料理をぎっしり詰めこんだ食品容器をさげベラントに目配《めくば》せをする。そこで三人は打連《うちつ》れだって金博士の住む地下室へと下りていった。
金博士は、睡眠から覚めて、部屋の中をよぼよぼと歩きまわっていた。
骸骨《がいこつ》のように大きい頭、黒い眼鏡、特徴のある口髭《くちひげ》頬鬚《ほおひげ》頤髯《あごひげ》、黒い中国服に包んだ痩せた体――一体この体のどこからあのようなすばらしい着想とおそるべき精力とが出て来るのであろう。
「ふふふん、ふふふん、ふふふん」
金博士は、妙な咳払《せきばら》いをつづけさまにして、部屋の中を動きまわっている。失意か、得意か、さっぱり分らない。チーア卿が開け放しにしていった大金庫の前を幾度か行き過ぎるが、その方には見向きもしない。
そこへ鉛華が入って来た。
「先生、町に素敵な燻製料理を売っていましたので、買って参りました」
「燻製か。燻製はもうたくさんじゃ」
「あらっ、先生のお好きな燻製でございますよ」
鉛華は博士の答に、意外な面持。うし
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