。いや心配するな、金はもっているぜ」
チーア卿は、ポケットから、何枚かの法幣《ほうへい》をつかみだして、皺《しわ》をのばす。
「へいへい。有難《ありがと》うございます。おっしゃったものは皆そろって居ります」
「へえ、皆そろって居るって、本当かね」
「嘘じゃありません。まあ、ごゆっくり召上って頂きましょう」
うすきたない屋台から、途方もない絶品佳肴《ぜっぴんかこう》がとりだされたのには、チーア卿も目をぱちくりであった。
「燻製も、一番うまいのはカンガルーの燻製ですな。第二番が璧州《ぺきしゅう》の鼠《ねずみ》の子の燻製。三番目が、大きな声ではいえませんが、プリンス・オヴ・ウェールス号から流れ出した英国士官の○○の燻製……皆ここに並べてございまさあ」
「ええっ、何という……」
チーア卿は顔をしかめた。
「旦那。おどろくのは後にして、一番から順番に召上ってごらんになすったら。おいしくなかったら、燻製屋の看板は叩き割られても文句を申しませんわよ」
と、ルス嬢も口を出す。
「いや、わしは……おれは、一番と二番とで沢山だ。ううい、いい酒だ」
チーア卿は酒に酔ったふりをして、その場のおどろきを胡魔化《ごまか》す。
「勘定《かんじょう》をしてくれ。いくらだい」
チーア卿は、几帳面《きちょうめん》に精算をし、小銭《こぜに》の釣銭までちゃんと取って、街を向うへふらふらと歩いていった。
「うまく行ったわね。これであの人は、うちの名代燻製料理を吹聴《ふいちょう》してくれるわね」
と、ルス嬢は涼しい顔。
「とんでもない。彼奴《あいつ》は油断《ゆだん》のならない喰わせ者だよ」
「へえ、喰わせ者」
「そうよ。器用な早業《はやわざ》で、カンガルーの股燻製《ももくんせい》を一|挺《ちょう》、上衣《うわぎ》の下へ隠しやがった。あいつは掏摸《すり》か、さもなければ手品師《てじなし》だ」
「まあ、そんな早業《はやわざ》をやったのかね、あの半病人のふらふら先生が……」
「まあいい。それよりは商売だ。金博士《きんはかせ》の耳に一刻《いっこく》も早く届くように、世界一の燻製料理の宣伝にかかることだ。さあいらっしゃい。世界一屋の燻製料理。種類の多いこと世界一。味のよいこと世界一。しかも値段のやすいこと世界一。さあいらっしゃい。早くいらっしゃってお験《ため》しなさい」
気の軽い碧眼《へきがん》夫婦の呼
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