ういわれるとそんな匂いがしないでもない。
『相当の量が入ってきたんだろうね』
『そうだ、相当の量だ。相当濃いやつだね。しかも、短時間に、さっと入ってきたんだ』
『何処から?』
『それが分らない。さあこれからそれを探すんだ』
 帆村は室内をのこのこ歩きだした。
『おい帆村君、こんなところに、空気抜けの穴が二つあるぜ。これは大丈夫かね』
『なんだ、空気抜けじゃないか。空気抜けは、室内の空気を上に吸い出すものだ。問題はない』
『果してそうかね。おい帆村君、空気抜けの上をしらべてみた方がいいと思うがね』
 帆村は僕の顔をじろりと見たが、
『おい、屋上へ行ってみよう』
 と僕を誘った。
 懐中電燈をつけて、三階の階段をまた一つ上にのぼるとそこは屋上遊歩場であった。そしてその周囲は、高さ一メートルほどの厚い壁でぐるりととりまいてあった。その内側にぴったり寄り添って空気抜けの烟突《えんとつ》がついていたが、この高さは、周囲の壁よりもずっと低く、五十センチぐらいしかなかった。そして遊歩場のレベルともうすれすれのところから、空気の出てくる横窓が明《あ》いていた。
『雨水がたまると、この穴から入りこみゃしないかなあ』
 と僕は、この背の低い空気抜けを指していった。
 すると帆村は、いきなり僕の腕をとらえた。
『おい今日は朝から寒かったね』
『それがどうした。今日は朝から冷たい雨がふっていたよ。昨日に比べて、たいへんな変り方だ』
『うむ、そこだ。それで話が分ってきた』
『どう分ってきたんだ』
『いや、もう一つ分らねばならないものがある』
 と帆村はしきりと空気抜けの烟突のまわりをさがしていたが、やがてその烟突のすぐ近くに立っていた鉄板でくみたてた小屋に目を光らせはじめた。
『これは何の小屋だろう』
『さあ、窓からのぞいてみればいい』
『いや、入口から入ってみよう』
 帆村の立っているすぐのところに、この小屋の扉がついていた。把手《ハンドル》をひくと、呆気ないほど無造作に開いた。
 帆村は兎のように小屋の中にとびこんだ。懐中電燈が、電光のように揺れた。
『おお、しめた。あったあった。これだ』
 帆村は大声で叫ぶなり、一つの硝子壜をつまみあげた。
『なんだ、それは』
『いや、この中にホスゲンが入っていたんだ。この壜は小屋の隅に、横たおしになっていた。その壜の中は、向うの空気窓の方に向いていた
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