が二つほどすこし右手によって置かれ、左手には沢山の小引出を持ったカード函が重《かさな》っていた。そしてなによりの偉観は室の中央に聳《そび》え立つ幅のせまい螺旋《らせん》階段であった。それはわずかに人一人を通せるほどの狭さで、鉄板を順々に螺旋形にずらし乍《なが》ら、簡単な手すりと、細い支柱で、積み重ねて行ったものだった。思わずその下に立ち寄って上を見上げてみると、螺旋階段はスクスクと伸びて三階にまで達している。その三階の天井は首の骨が痛くなるほど随分と高かった。なんとなく、「ジャックと豆の木」の物語に出て来る天空《てんくう》の鬼《おに》ヶ|城《しま》にまでとどく豆蔓《まめづる》の化物のように思われた。螺旋階段の下には事務室へ通ずる入口の外にも一つ廊下に通ずる入口があった。螺旋階段を四宮理学士と二階へのぼると、ここもおなじような本棚ばかりの四壁《しへき》と、読書机とがあり、入口はない代りに、天井が馬鹿に高くつまり二階の天井は元来《がんらい》ないので、三階の天井が二階の天井ともなり、随《したが》って三階はバルコニーのようにこの室の上に半分乗り出していて、それへ螺旋階段が続いていた。
「三階へも一度上ってみましょう」と四宮理学士が言った。
僕は自《みずか》ら先登《せんとう》に立って、冷い螺旋階段の手すりに恐《こ》わ恐《ご》わ手をさしのべたときだった。急に頭の上にドタンバタンという激しい音がすると共に階段の上からネルソン辞典が四五冊、足許《あしもと》へ転がり落ちて来た。
「あら、あら、あら」
と甘ったるい声が天井から響くと、その急な階段を一人の女性がいと身軽にとぶように下りて来た。
「ミチ子嬢なのだナ!」
僕は思った。初対面の愛敬《あいきょう》をうかべて上を仰いだ僕は鼻の先一尺ばかりのところに現われた美しい少女の面《おもて》を見つめたまま急に顔面を硬直《こうちょく》させなければならなかった。
「図書係の京町《きょうまち》ミチ子嬢。こちらは今日から入所された理学士|古屋恒人《ふるやつねと》君。よろしく頼むよ」四宮理学士の声は朗《ほが》らかであった。
「あらまあ、あたし初めてお目にかかってたいへん失礼をいたしまして……」と彼女は紹介者に負けず朗らかに謳《うた》った。僕はなんと挨拶《あいさつ》をしたのか覚えていない。ただ「初めてお目にかかって」と言ったミチ子嬢が、本当に、信濃
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