注目されるのは、二十九日の横浜爆撃で従来の夜間爆撃戦法をやめ、午前の晴天時に来襲していることで、六月一日の大阪爆撃と併せ考える時、今後敵は白昼の無差別爆撃を行なうことが予想される。
 また他の特色としては、
(一)多数戦闘機の護衛を伴い来襲し(二)港湾水路に機雷敷設(三)宣伝ビラ散布の執拗な努力をしていることなどである。さらに警戒を要することは衛星都市ないし中都市、交通の中心地に爆撃を加える傾向のあることである。
 四月十六日から五月三十一日までの空襲で、皇居、赤坂離宮、大宮御所も災厄を受けたが、大宮御所の場合は夜間爆撃とはいえ、月明の中で広大な御苑の樹林、芝生のほとんど全部が焼けただれるほどに焼夷弾を投下したことは、単なる無差別爆撃でなく特別な意図を抱く行為であることは明らかである。
 このほか熱田神宮本殿、日枝神社、松蔭神社、東郷神社なども災厄を受け、寺院では増上寺、泉岳寺等も爆撃された。
 病院では、慶応病院、鉄道病院、済生会病院、松沢病院、青山脳病院、名古屋城北病院、県立脳病院など。
 学校では慶応大学、早稲田大学、文理科大学、東京農大、一高、成城学園、日大予科、女子学習院を初
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