る由。
[#カット「焼夷弾の図」入る。16−上段]
◯風呂屋は従来十六時より二十三時までの営業だったのが、近ごろは十五時から十八時までとなったため、大混雑の由。
風呂屋はガラス張りの部分が大きく、夜の灯火管制がやれないためだというが、ひとくふうあってほしいものだ。
◯うちの便所灯がつけ放しで、裏の田中さんから注意を二回受ける。私の見廻りもよくないわけで、これからは、警報発令とともに消してまわることにした(電球をひねる)。
◯夜中にまた警報。起きてみたら雪であった。ハッと心配したことは、家屋から壕内へ引いてあるコードのことであった。第四種線がないので、コードを使ってある。しかしこれでは濡れるとすぐピリピリ感電するので、過日用心のため、その上にセロファンに糊のついたテープを巻き、さらにその上から油紙(といっても昔のものとは違い、あぶないものだ)を細く切って巻いておいた。果たしてこれでもつかどうかと案じ、さらにその上にエナメルを塗ることにした。エナメル塗はコードが垂直に垂れる部分しかやってなかったので、私はこの雪で心配したわけだ。しかしどうしようもないので、そのまま放っておいた。
朝になってコードにさわって調べてみたら、案外ちゃんとしているので、安心した。そして早速残りの部分にエナメルを塗った。どうやらこれで当分は大丈夫のようである。
十二月二十五日
◯昨夜はクリスマスの前夜だから、敵機はこないんじゃないかと思っていたところ、午前二時半になってちゃんとやってきた。しかも三回やってきて廷べ四機。五時四十分にようやく警報解除となる。一回は南方に焼夷弾を落としていった。敵の戦意も相当のものじゃ。
◯夜間の空襲はせいぜい一時間でケリがついたのが、一昨日から敵は三回つづけてきて三時間半ばかりを稼いで行くので、こっちはまた眠り方の変更をしなければならなくなった。
昨夜は原稿を書き了えて床に入ったのが十時過ぎ。どうせ敵はくるだろうと、そのままの服装で寝る。きたのが午前二時半。服装の関係で、起きるのは楽だ。敵機去り、警報の解けたのが午前五時四十分。もう朝の放送は始まっており、空が東よりの半分だけ白んでいた。そのまま防空壕で眠る。寝苦しくて、身体が痛い。あっちこっち寝返りを打っているうちに、英が起こしにきた。「もう十時を過ぎましたよ」と上から声がかかる。いつの間にか四時間ほど眠ったわけだった。壕から外へ出ると、ぶるぶるっと寒い。
◯田口※[#「※」は「さんずい+卯」、第4水準2−78−35、17−上−9、底本はこの字を「さんずい+「仰」のつくり」と作字上の誤り]三郎氏のB29の爆音聞き分け方の放送が始まり、つづいている。難解だ。普通の人には、あれではわかるまい。述べ方に工夫がほしい。日本の学者というと、なぜこのように人に伝授の仕方が拙いのだろう。飛行士の養成に手間どり、生産増大の出来ないのも、皆こんなところに大きな原因がひそんでいるのだと思う。
私の場合は、放送を聞いているうちに少しずつわかってくるような気がするが、要するに説明はまずい。いい放送なんだが、惜しいことだ。
◯防空壕の中の夢で、敵機から焼夷弾を投下されるところをみている。ばかな話だ。
◯目下の私の服装は次[#底本では「次」は「下」]図のごとし。
[#カット「服装の図」入る。17−下段]
十二月二十七日
◯一昨夜と昨夜とは敵機の来襲もなく、珍らしいことであった。おかげで暖かく寝られた。その後放送で初めて知ったが、二十五日夜八時にサイパン島へわが航空隊が突撃した由なり。そのために相手はこられなくなったわけ。私達はいい気持で寝、代りに勇士たちが死地にとび込み、そのうちの何人かは散華する。貴い代償だ。一夜の暖睡の貴さよ。眠っていては相済まぬ。いや眠らせて頂いて、起きたら散華の勇士たちの成仏せられるよう働かねばなるまい。
◯きょう二十七日、果して敵機はやってきた。こないだの二十五日のクリスマスの晩を滅茶々々にしてやったお返しであろう。アメリカ兵ときたら、いつでもこのお返しをするのが習慣だ。こちらとしては二十六日の開院式[#第八十六通常議会]のこともあり、ちと気の毒ではあるが叩かずにはいられなかったのだ。それをハラを立てるとは何ごとだ――といったところで、この理屈が相手にわかる筈はなし。
◯きょうの空襲は、先頭編隊が静岡県に入り、それから西進し、名古屋方面を襲うかのごとく見せておいて、急に反転して東進を開始し、京浜地区に侵入した。まず例によって荻窪の飛行機工場のあたりへ投弾した。いったん西進し、反転東へ向かって帝都を襲撃するという一つの戦法を取ったつもりであろうが、こっちでは油断なく、いつでもいらっしゃいであるからすこしもおどろかぬ。
◯実際に「西進」と聞いた私は、原稿を書きだした。
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