あろうか。青年日本の姿は遂に見られないのであるか。残念至極である。

 四月九日
◯建物疎開で、町の変貌甚し。三軒茶屋より渋谷に至る両側に五十メートル幅で道を拡げるというが、それを今盛んにやっていて、大黒柱に綱をつけ、隣組で引張って倒している。そして燃料がたくさん出来、手伝いに来た人達に与えている。雨が降っているが春雨だ、たいして苦にならぬ。
 外食者用食堂[#戦時下食糧統制の一環として配給された、外食券を利用する食堂。現金があっても、券がなければ食べられなかった]とか、銀行とか、配給所が、疎開延期で残っている。
 各部隊から兵隊さんが出て手伝っている。壊した家屋は、やはり焚木用として隊へ持ちかえる。
◯停留場や駅の風景を見れば、三月十日前後や三月二十日前後(これは疎開強化、国民学校授業停止の発表があった頃)に比べると、だいぶ静かになったようだ。
◯新首相、鈴木貫太郎大将は、昨夜新任挨拶を放送した。「政治には素なり、八十に垂んとする老躯をひっさげて、諸君の陣頭に立つは、自ら鑑みて悲壮の感あるも、大命を拝せし以上は陣頭に立ちて突進せん、諸君はわが屍をのり越えて進撃せられたし、但し大いに若返ってやります」といった要旨。なお記者に所懐を語って曰く、「勝てると思う。日露役のときも重臣は勝てることはおろか、多分負けると考えていた。万が一にも敵を撃退し得ないかも知れぬと考えていた。だが頑張りが勝ったのだ。硫黄島が玉砕、占領されたことも負けとは思わぬ。敵アメリカに対し、精神的に大恐怖を与えたのがわが戦果で、この点勝ったといってよい」などと、勝てる自信を述べていた。
◯昨八日十七時、大本営発表で久方ぶりに軍艦マーチと陸軍マーチが響く。沖縄本島周辺にここ旬日あまり群って退かぬ敵艦船群に対し、わが特攻水上隊及航空隊が突入し、わが水上隊も戦艦一、巡一、駆三を撃沈した。かくて敵艦十五隻撃沈、十九隻撃破、その他未確認のもの少からずという戦果を掲げ、ために敵艦船は遂に沖縄本島の周辺から逃げだしたとある。リスボン経由の外電も六日、七日のわが猛攻を伝えているし、島上の敵軍も「ここは地獄を集めた地獄だ。あと二週間これが続けば、この戦は悲劇に終ろう」と悲鳴をあげている由。そのままには受取り兼ねるが、すさまじい戦闘がいよいよ始まり、決戦の決を見るのももうわずかの後に迫ったことを思わせる。
 尚水上艦隊の特攻隊はこれが初めて。特に戦艦の特攻隊とは、戦闘の壮観、激烈さが偲ばれ、武者ぶるいを禁じ得ない。

 四月十三日
◯アメリカ大統領のルーズベルト急死す。脳溢血と発表された。
 日本時間にして、彼の死は十三日の金曜日に当る。

 四月十四日
◯昨夜二十三時頃、わが横鎮は関東海面に警報を出したが、果して敵一機は房総に入り、つづいて敵大挙し、三月十日以来の帝都市街夜間爆撃となった。
 敵はルーズベルトの死に関連して、この挙をあえてなしたものと見受ける。
◯大本営発表によれば、来襲機は百七十機で、四時間にわたり波状投弾し、焼夷弾の前に爆弾を投じた。
 宮城大宮御所の建物にも損傷あり、まもなく消し止めた。両陛下と皇太后陛下は御無事とのこと。明治神宮は本殿と拝殿とが炎上した。鈴木首相の放送に「敵は計画的にこの暴挙をなした」とある。
◯ラジオ報道によると、豊島、板橋、王子、四谷が、もっとも多く燃えた由。しかし死傷者は少ないとの事である。去る三月十日の空襲は死傷がひどく、昨日も四十七ヵ所で三十五日の供養が行なわれ、僧侶は巻ゲートルで、トラックにのって廻ったそうである。
◯本日の省線不通箇所は、上野→池袋→新宿間、新宿→荻窪間、神田→市ケ谷見附間、池袋→赤羽間、もう一つ足立区方面(わすれた)。
◯昨夜の炎上の状況は左図の如くであった。
[#カット「手書きの地図」入る。41−下段]
◯戦果の発表、撃墜四十一機、損害を与えしもの約八十機なり。
◯四月十一日の午前のへんな爆撃は今度の予習だったかも知れない。
◯あのときは一トン爆弾を、荻窪の中島本社へ落とした由である。
◯昨夜の軍情報はすっきりしなかった。「後続機に対して警戒中なり[#「警戒中なり」に傍点]」というナマぬるい放送をして置きながら、間もなく「大挙来襲に敢闘せよ」と出し、空襲警報を発令した。そのときは第一機が投弾して、もう市街は炎々と燃えていたのである。
◯今朝、余燼《よじん》が空中に在るせいか、天日黄ばんで見えたり。
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 ◯焼け跡も疎開も知らぬ桜哉
 ◯分解の敵機も散るや花の雲
[#ここで罫囲み終わり]
◯去る四月五日、永田徹郎大尉の奮戦談が新聞に出た。その前日とその日の朝のラジオでも放送したとか。徹ちゃんの健闘はうれし。毎朝その武運長久を一同して祈っているのだ。(輸送船一隻撃沈)その前に戦艦二
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