やくおさまりたるもののごとし。
◯庭に月光白し。
もう空襲もなく、静かなり。終戦するなどとは、あの頃全く思わざりしが……。
◯臥床中読みたるもの、左の如し
一、子規著「仰臥漫録」その他
二、寺田(寅彦)先生「地球物理学」
三、Minute Mysteries
四、江戸怪談小説
怪談全書、英草帋
五、「空間と時間」(途中)
六、涙香著「白髪鬼」
十一月二十日
昨日渉外局発表によるに、左記諸氏、戦争犯罪人として収容せられし由(十七日巣鴨刑務所)
荒木 貞夫 大将
南 次郎 大将
松井 石根 大将
小磯 国昭 大将
真崎 甚三郎 大将
本庄 繁 大将(自決)
松岡 洋右 氏
白鳥 敏夫 氏
鹿子木 員信 氏
久原 房之助 氏
外一名(計十一名)
本庄大将は自決。
十一月二十三日
◯きょうは晴彦[#長男]の誕生日。例により晴天なり。
◯野菜と魚の※[#「※」は「◯」の中に「公」、83−下−10]がとれて今日で三日目。魚の配給日が二日おくれて今日になったが、すずき一片が金十七円也。これではどうしても手が出ないと、うちの隣組では棄権。せっかくの晴彦の誕生日も、これでは魚を祝ってやれない。そこでこの前買っておいた鮭缶をあける。白い御飯とごぼうとにんじんの精進揚げに、英の心づくしこもる。皆うまいうまいとたべる。
十一月二十四日
◯ビタミンCの注射液がついに皆無となったので、やむを得ず探しに町へ出る。
◯浅草へ初めに行く。三月十日の空襲から二日後に行って以来のこと。小本堂出来、朱塗りの色も鮮やか。本堂建立のため、金五円也を寄進す。
◯仲見世はいうに及ばず、境内いたるところにつまらん物の店と、あやしき食い物店とあり、その数無慮二、三百軒。こっちも釣りこまれ、つまらぬものを買い込む。
しかし浅草の景気がいいのは、この敗戦の秋に頼母しい事である。
こういう人達の中から、新日本が生まれ出るかと思えば、感慨無量である。
◯小伝馬町から人形町、蛎殻町へかけて焼け残ったのは、奇蹟のように見えた。
◯カヤバ橋の焼け跡で、イモを出して昼食をとる。片手にアルミの凸凹水筒あり。目の前の食堂には、まぐろさしみ一人前金五円の大貼札があって、二十四、五人が列をなしていた。
◯きょうの買物
ヘアピン 二十四本 六円
鍋穴直し 一円
箸 二組 三円六十銭
カレー粉 三袋 五円二十銭(一円八十銭宛)
薬(エーデー五百粒) 三十七円五十銭
みかん 十二個 十円
雑誌三冊、絵本一冊 二円九十銭
◯きょう見た売物
魚 ほうぼう 十尾(浅草) 十円
〃 冷凍サバ 一尾(蛎殻町) 三円
〃 すずき百匁(日本橋三越前) 十五円
くらかけ橋傍
猿また(絹) 三十七円
綿靴下 十円
綿ハンカチーフ 十円
人形町
地図 一枚 五円
浅草
短靴 六百円
ゴム長 六百円
同エナメルなし 三百五十円
リンゴ 三個 十円
◯三越で女歌手に笑むルンペン紳士。
◯品物多々、値段高し。札《さつ》びら切る人見えず。今の値頃では、とても俸給生活者には駄目。浅草で札《さつ》がとんでいるのは、おでん店だけのようである。
だが、この活況こそ、敗戦日本を盛りかえす一つの新しい生命の芽ばえであろう。
新しい品、高級な品、ちがった種類の品などが、次々にフットライトを浴びて、舞台に現われるだろう。
十二月三日
◯午後三時の放送は、マ司令部が新に五十九名の「戦争犯罪人容疑者」を逮捕すべき旨、日本政府へ命令したとある。
その顔触れの中には梨本宮をはじめとし、広田、平沼両重臣あり、その他財閥、軍閥、言論界の有力者あり。氏名左の如し、
◯梨本宮守正王
◯平沼騏一郎、広田弘毅
◯有馬頼寧、後藤文夫、安藤紀三郎、井田磐楠、菊地武夫、水野錬太郎
◯本多熊太郎、天羽英二、谷正之、青木一男、藤原銀次郎、星野直樹、池田成彬、松坂広政、中島知久平、岡部長景、桜井兵五郎、太田耕造、塩野季彦、下村宏
◯鮎川義介、郷古潔、大倉邦彦、津田信吾、石原広一郎
◯畑俊六、秦彦三郎、佐藤賢了、河辺正三、中村修人、西尾寿造、島田駿、後宮淳、牟田口廉也、石田乙五郎、上砂政七、木下栄市、納見敏市、大野広一、高地茂朝、小村順一郎
◯高橋三吉、小林躋造、豊田副武
◯進藤一馬、四王天延孝、笹川良一、古野伊之助、池崎忠孝、徳
前へ
次へ
全43ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング