という。当人は至極温和しかったそうだ。
◯後藤睦美君が、バラスト管の代用品をこしらえてくれた。
同君の一家も痩せてくるので、浜松へ疎開するそうだ。
◯空襲警報となる。P51、約六十機と嚮導《きょうどう》のB29、二機。しかし機影を見ず。
五月二十六日
◯昨二十五日夜は風が強かった。ふと目がさめると「いかなる攻勢にあうとも敢闘を望む……」と放送をしている。警報にも気がつかなかったらしい。又ラジオの情報も分らなかったらしいのだ。英と相談して起きる。と、空襲警報のサイレンが鳴り出したので、少々面喰らう。
◯初めは房総東方からきて、品川あたりへ投弾したので、「ハハア、また品川が狙われたか」と思っていると、その数十機が過ぎたとたん、西方からぞくぞく侵入し来たB29の大群。それが今夜は、まさにわが家上空を飛んで東方・渋谷方面へ殺到し、やるなと思う間もなく同方面に焼夷弾の集中投下を見る。例のとおり華やかな火の子はオーロラの如く空中に乱舞し、はらはらと舞い落ちる。従来より最も近いところに落下する。
そうするうちに、南の方へもぞくぞく落ち出したが、また北方・中野方面にもひんぴんと落下し、かなり近い。これは警戒を要すると思っているうちに西の方へもばらばら落ち出し、東西南北すっかり焼夷弾の火幕で囲まれてしまった。
が幸いにも、若林附近はまだ一弾も落ちない。敵は百五十機位もう侵入したことになった。西方の田中さんの畑に晴彦と共に出て空を見ていると、二子玉川あたりの上空を越えてぞくぞく後続機が一機宛こっちへ侵入してくる。其の方向はすべてこっちへ向いているのだ。これはいよいよ来るわいと思った。
すると果して轟音を発して、山崎や若林のお稲荷さんの方が燃え出し、つづいて萩原さんの竹藪の向こうに真赤な火の幕が出来、三軒茶屋方面へ落下したことが確実となった。
わが夜間戦闘機も盛んに攻撃している。たいがいわが家の西方で邀撃《ようげき》。
晴彦に「あれは危いぞ!」とこっちへ向いた一機を指した折しも、ぱらぱらと火の子がB29の機体の下から離れたのがわが家よりやや西よりの上空。「いかんぞ!」と言うのと、ゴーッと怪音が頭上に迫ったのと同時だった。晴彦に待避を命じて小さくなった。焼夷弾の落下地点に耳をそばだてていると、佐伯さんのあたりに轟然と落下し、あたりに太い火柱が立った。婦人たちの悲鳴、金切声な
前へ
次へ
全86ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング