うのだ。
◯安心していると、とつぜん空襲警報発令、山梨地区上を十数機編隊のB29が東進中と放送。これはいかんと寝床から出る。女房に昌彦を防空壕に入れろという。が女房は昌彦のそばに添伏していて、「いや、ここにいる」と頑張る。腎臓炎で旧臘から臥床の昌彦、昨日来熱があるので、動かしたがらないのはもっともである。が、そのうちに後続部隊の侵入を報じて来る。女房やっと決心して、昌彦を黄色い毛布にくるんで防空壕へかかえて行く。
◯敵は盛んにやって来た。四つ位の梯団《ていだん》であるらしい。最も近かったのは、どこか場所は分らないが、どこん、どこん、どこん、と続けざまに爆声聞え、壕の板がびりびりと鳴りひびいた。
◯報道放送によると、百五十機なりという。警報解除一時間にして、相当大きな火災も全部消えたという。
◯早耳の報道によれば、今日は尾久や日暮里附近がかなりやられたという話。
◯敵機去っていくばくもなく、また雪がぽたぽた降り来る。三度目の大雪か。
◯岡東浩君来る。ツナ缶、飴、化粧用クリームを貰う。うちからはねぎ、にんじん、馬鈴薯、かぶを少し分ける。徹ちゃんの置いていってくれた角壜のサントリー・ウイスキーが、このよき友を大いによろこばす。なんとかなるものなら、もっとこの友に飲ませたいものだ。
◯弟佑一の会社が焼けた(二月二十五日)と手紙でいってくる。末広町に店を構えたばかりだったのに、気の毒な。またもや憤激のタネが出来た。こんなタネばかりふえ、それと反対に「ざまみやがれ、敵め」ということができないのが残念である。
◯「グルー政権」という言葉がちょいちょい聞こえるようになった。けしからん。
◯この頃の敵の焼夷弾の二割は爆発物がはいっているという。それで焼ける面積が多いのだという。また、それを知らせては誰も初期防火をしないので、知らせてないのだともいう。それはけしからん話であるが、この話はこれまでにも耳にしたことがある。
◯朝子の友達の鈴木さんのそのまたお友達が、この前有楽町の爆撃のときあそこを歩いていたが、爆弾の落ちる音を耳にして、これはいけないと思い、遂に思い切って「伏せ」をした。ところがその直後に爆弾は至近距離に落ちて爆裂したが、伏せたおかげで身に微傷も負わなかった。
ところが、あたりを見まわすと、そばに長靴をはいた脚が二本立っていた。脚だけである。その上がない。思い出したのは、
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