入ってくる。英、まず愕《おどろ》き、大声をあげる。茶の間にいた陽子と私とは縁側へ駈出した。
◯まず徹ちゃんのことを聞いたが、徹ちゃんは十七日(昨日)飛行機で九州へ出発した由。隊の兵曹が昨夜電話をかけてくれたそうだ。まずは安心する。
◯朝子はけさ五時頃出て列車にのったが、千葉で降ろされるという話が、千葉まで来ると両国まで行くことになったのだという。これもよかった、早く事情が分って安心した。
◯戦果三種発表。あの比島沖での攻撃の外、硫黄島沖の戦果大いにあがる。また昨日の敵艦載機撃墜百一機と発表、またその前の十六日の撃墜にも二十数機追加あり、結果約三百機の敵機をやっつけ、敵の手持の千二百機の四分の一を倒したことになる。
◯運通省の列車と省線電車の制限は、本日より撤廃され、また小包の制限も同じく撤廃。ラジオで一般へ通告された。
◯この夜は静かで楽しい団欒《だんらん》。茶の間では昌彦以外の子供四人とねえや二人が朝子を囲み、八畳では英と養母とに昌彦も加わって、話に花が咲いているらしい。私はこれから募兵紙芝居の執筆にかかろうかと思いながらコタツのぬくもりに少しとろとろしかかっているところ。時計が七時を打った。
二月十九日
◯午後二時四十五分、突然B29、百機の帝都来襲となった。私にとっては少々不意打だ。家人はわりあいのんびり構えている。先日の艦載機千機の来襲で、千機という新記録を体験してからは、百機ぐらいは恐ろしくないらしい。そこで追いたてるようにしてフスマ障子をあけさせ、水筒等を運び入れ、昌彦も壕内へ移させる。
◯この日ラジオが停電で黙ってしまい、東部軍管区情報が途中で伝わらなくなり、敵機隊の動勢は耳で爆音等をさぐる外なくなり、ちょっと心細い想いがした。ダムでもやられたかと思ったが、三十分ほどして回復したので、まあよかったと思う。鉱石受信機を組立てておく必要を感ず。忙しいので当分つくれまいが、いずれやってみようと思う。検波器がないが、代りに安全カミソリの歯と猫ひげでやってみるか。
◯この日、とうとう硫黄島に上陸された。
◯十五、十六、十七、十九と五日間のうち四ヵ日空襲つづきで、日の経つのが速いこと。
二月二十五日(土)
◯硫黄島も激闘、マニラも激闘。徹ちゃんどうしたか、未だに便りなし。気に懸ってはいるが、家人には一言も言わずにいる。朝子も今家に居ることだし。
◯午前四時
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