たわけだった。壕から外へ出ると、ぶるぶるっと寒い。
◯田口※[#「※」は「さんずい+卯」、第4水準2−78−35、17−上−9、底本はこの字を「さんずい+「仰」のつくり」と作字上の誤り]三郎氏のB29の爆音聞き分け方の放送が始まり、つづいている。難解だ。普通の人には、あれではわかるまい。述べ方に工夫がほしい。日本の学者というと、なぜこのように人に伝授の仕方が拙いのだろう。飛行士の養成に手間どり、生産増大の出来ないのも、皆こんなところに大きな原因がひそんでいるのだと思う。
私の場合は、放送を聞いているうちに少しずつわかってくるような気がするが、要するに説明はまずい。いい放送なんだが、惜しいことだ。
◯防空壕の中の夢で、敵機から焼夷弾を投下されるところをみている。ばかな話だ。
◯目下の私の服装は次[#底本では「次」は「下」]図のごとし。
[#カット「服装の図」入る。17−下段]
十二月二十七日
◯一昨夜と昨夜とは敵機の来襲もなく、珍らしいことであった。おかげで暖かく寝られた。その後放送で初めて知ったが、二十五日夜八時にサイパン島へわが航空隊が突撃した由なり。そのために相手はこられなくなったわけ。私達はいい気持で寝、代りに勇士たちが死地にとび込み、そのうちの何人かは散華する。貴い代償だ。一夜の暖睡の貴さよ。眠っていては相済まぬ。いや眠らせて頂いて、起きたら散華の勇士たちの成仏せられるよう働かねばなるまい。
◯きょう二十七日、果して敵機はやってきた。こないだの二十五日のクリスマスの晩を滅茶々々にしてやったお返しであろう。アメリカ兵ときたら、いつでもこのお返しをするのが習慣だ。こちらとしては二十六日の開院式[#第八十六通常議会]のこともあり、ちと気の毒ではあるが叩かずにはいられなかったのだ。それをハラを立てるとは何ごとだ――といったところで、この理屈が相手にわかる筈はなし。
◯きょうの空襲は、先頭編隊が静岡県に入り、それから西進し、名古屋方面を襲うかのごとく見せておいて、急に反転して東進を開始し、京浜地区に侵入した。まず例によって荻窪の飛行機工場のあたりへ投弾した。いったん西進し、反転東へ向かって帝都を襲撃するという一つの戦法を取ったつもりであろうが、こっちでは油断なく、いつでもいらっしゃいであるからすこしもおどろかぬ。
◯実際に「西進」と聞いた私は、原稿を書きだした。
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