から考えて、彼らを暴民と呼んでさしつかえないだろう、たとえ彼らが憤激《ふんげき》すべき理由を持っているにしろ……。
「君は、僕に何を求めるのかね」
 僕はたまりかねて、傍《そば》にいて僕の手首をしっかり握っているオンドリにいった。
「あのとおり同胞は激昂《げきこう》しているんだ。尋常《じんじょう》のことではおさまらないだろう。同胞たちは君の姿を見て、一層|刺戟《しげき》されたのだ。同胞たちは、日頃の忍耐を破って、ヤマ族の海底都市襲撃を叫んでいる。あれ、あの通り……」
 オンドリにいわれなくても、僕にも彼らの好戦的な叫びは、さっきから耳に入っている。困ったことになったものだ。
「海底都市の人たちは、自分たちの進めている海底工事が、このように君たちトロ族に惨害を与えていることを知らないのだ。知ってりゃ即座《そくざ》にやめるにちがいない。だから君たちは海底都市を襲撃する前に、先ず事情を海底都市へ申し入れるべきだ。及ばずながら僕はその使者の一人となってもいいと思う」
「遅い。もう遅い。われわれの同胞はあの通りの大激昂《だいげきこう》だ。君は……君は気の毒だが、われわれの門出《かどで》の血祭だ。ひッひッひッひッ」
 オンドリは歯をむきだして、僕の腕の骨も折れよと掴《つか》んで振った。
 これまで穏健《おんけん》の人と見えていたオンドリまでが、もはや気が変になってしまったようになったのだ。万事休《ばんじきゅう》すである。
 僕の心は千々《ちぢ》に乱れた。愛する人たちの住んでいる海底都市を、トロ族の暴行より如何にして護ったらいいだろうか。また大激昂《だいげきこう》のトロ族を何とか一度で鎮《しず》まらせる方法はないものであろうかと。
 ……と、僕は一策を思いついた。


   タイム・マシーン


 最後の竿頭《かんとう》に立って思いついた僕の一策というのは、どんなことであったろうか。
 それはすこぶる大胆《だいたん》な、そして乱暴な方法であった。だがそれが今残されたる只一つの道であるのだ。トロ族の群衆は、今僕の身体を八《や》つ裂《さ》きにしようと思っている。それに続いて大挙《たいきょ》、海底都市に侵入しようとしている。そしてトロ族の惨虐性《ざんぎゃくせい》と復讐心《ふくしゅうしん》とが、言語に絶する暴行を演ずるであろうことは明白だ。この際だ。どんなに[#「どんなに」は底本では「どんに」]険しい道であろうと、それが道であれば、僕は突き進まないでいられないのだ。
「はははは、僕を血祭にするというのか」
 僕はオンドリの方へ笑いかえした。
「そうだ。それによって、われわれは、先ず同胞の流した血の最初の一滴をとりかえすのだ。あとは海底都市へなだれこんで、何十倍何百倍の血にして取り戻す……」
「はははは。たわ言《ごと》もいい加減《かげん》にしたまえ。君たちはわれわれ人類ヤマ族を劣等生物視《れっとうせいぶつし》しているが今に後悔するだろう。われわれ人類は、君たちみたいに野蛮ではない。また文化においてもずっとすぐれている」
「うそだ。ヤマ族は貧弱な文化力を持った劣等未開の奴ばらだ」
「それが認識不足というものだ。今に分る。そのときおどろかないように……」
「ヘヘン、わらわせる。なにが認識不足だ」
「殺してしまえ。八つ裂にしろ」
「早く、殺《や》っちまえ。顔を見ているのも、むなくそが悪い」
「迷っている死霊《しれい》のために、そのヤマ族野郎の頭を叩きつぶせ」
 トロ族群衆の興奮と激昂《げきこう》とはその頂点に達した。ついに彼らは鬨《とき》の声をあげて、僕の方へ殺到した。手に手に異様な凶器《きょうき》を持ち、目玉をむき出し歯をむき出して、怒れる野獣群のように僕を目がけてとびついた。
 何條《なんじょう》もってたまるべき、僕はたちどころに惨殺《ざんさつ》されてしまった――。
 ちりちりちりちりン。
 警鈴《けいれい》が鳴っている。
 僕は目を見開く。まぶしい金属壁《きんぞくへき》の反射である。
(ほう、ここは見覚えのあるタイム・マシーンの中だ!)
 と、気がつく折しも、この金属壁の一部がぽかりと四角にあいて――そこが扉だったのだ――外からこっちを覗きこんだ者がある。
「あッ、君は……」
 覗きこんだ男こそ、辻ヶ谷少年だった。僕をこのタイム・マシーンの中に入れてくれた、同級生の辻ヶ谷君だった。
「おう、君。もういいだろう。出たまえ」
「いやだ。今が大切なんだ。もう一度二十年後の世界へ僕を戻してくれ。君も知っているじゃないか、僕は今トロ族に殺されて……」
「何をいってるんだ。うわごとはそのくらいにして、こっちへ出て来たまえ。足がどうかしたんなら手を貸してやろうか」
「だめ、だめ。絶対に下《お》りない。ねえ君、頼むよ。今非常に大切なところなんだ。僕がたとえ何十回ここへ戻って来ても、僕がもしいいというまでは、君は僕を二十年後の世界へ何回でも送りつけるんだ。そうしないとわが人類は一大危機にさらされることになるんだ。いいかね、何回でも僕を、二十年後の世界へ追いかえすのだ」
 僕は泣かんばかりにして辻ヶ谷君に頼んだ。
 なにしろ僕はトロ族の暴民のため殺されたにちがいない。死ぬと共に、僕はこの世の中へ戻って来て、タイム・マシーンの中に自分の身体を発見したのである。僕が予想したとおりだった。
 然《しか》らば僕は、かねて計画したところに従って頑張るばかりだ。これから何べんでもトロ族の暴民の前に姿を現わして、彼等をおどろかせ、そして彼らをどこまでも説得するんだ。
「よォし、そんなに君がいうんなら、また二十年後の世界へ送ってやるが、そのかわりどんな事が起っても、僕は知らないよ」
 辻ヶ谷君は、そういって扉に手をかけた。
「ありがとう、ぜひ頼む。――いいね、僕がもうよろしいというまでは、僕が何べんここへ戻って来ても、二十年後の世界へ追いかえすのだよ」
「よし分かった。君の希望するとおりに計《はか》らってあげる」
 そういうと辻ヶ谷君は、扉をぱたんと閉めた。
 それから例のとおりタイム・マシーンは働きはじめた。あたりがぼんやりとなる。そしてしばらくすると、別の音響が聞こえて来た。
「ひッひッひッひッ。見やがれ。とうとう八つ裂にしてやった」
「血祭《ちまつり》第一号だ。ヤマ族め、思い知ったか。くやしかったらもう一度生きてみろ」
 僕は今だと思った。僕はむくむくと起きあがった。そして大音声《だいおんじょう》をはりあげた。
「あわててはいけない。僕は死んでいないのだ。オンドリ、僕が見えるか」
 僕は傍《そば》にいたオンドリの肩を叩いた。そのときのオンドリのおどろいた顔!


   不死身《ふじみ》


「僕はまだ死んで居らんぞ。よく見たまえ」
 僕はオンドリの腕をとらえて、つよくゆすぶった。
「おやッ。まだ死ななかったか」
 オンドリは、僕がまだ生きて居るのを、ようやく認識したようだ。
「この野郎はまだ生きている。これではまだ血祭《ちまつり》にならないぞ」
 オンドリは前に集まっているトロ族たちを煽動《せんどう》した。さっきまでは彼は平和愛好者のような顔をしていたのに、今はもうがらりと変って煽動者をつとめている。なんという卑《いや》しい根性《こんじょう》の持主だろう。
「殺してしまえ。そのヤマ族の代表者を、ずたずたにひきさいてしまえ」
「復讐だ。そしてヤマ族の国へ攻めこんで行く前の血祭に、そのヤマ人を張り殺すがいい」
「そうだ、そうだ。やってしまえ」
 興奮しきったトロ族の暴漢は、僕をめがけて押しよせた。
 その野獣的な彼らの形相《ぎょうそう》に、また太古《たいこ》のままの好戦的な性格まるだしの有様《ありさま》に、僕はいささかひるみはしたけれど、ここで決心を曲げては万事《ばんじ》水の泡と思い、こっちも負けずに大声を張りあげた。
「トロ族の人々よ。君たちは悪魔に呪われていることに気がつかないのか。目ざめよ。君たちはもっと冷静にならなければならない。平和的に事を解決する道をえらばなければならない。暴力のみで、自分の意志を押し通そうというのは、神の憎みたまう最も邪道《じゃどう》である。目を開け、トロ族の諸君。君たちは神の道に反して、僕を暴力によって殺害しようとしている。しかし見ていたまえ。そういう暴力行使は何の役にもたたないから、君たちは遂《つい》に僕を殺害し得ないということを悟るだろう。そのとき君たちは、神のみ心を――」
「やっちまえ。きゃつをこの上、勝手気ままにしゃべらせておくことがあるものか」
「そうだ、そうだ。早く八つ裂にしてやるんだ」
 わあッと、彼らは殺到《さっとう》した。
 棒、石塊《せきかい》、刀、斧《おの》、その他いろいろな兇器が僕の頭上に降って来た。――僕は昏倒《こんとう》した。
 気がついてみると、辻ヶ谷君がタイム・マシーンの扉を細目に開いて、こっちをのぞきこんでいる。
「おう、辻ヶ谷君。早く僕を二十年後の世界へ送りかえしてくれたまえ。今、とても重大な出来事があの世界で起こっているんだから……」
「ほんとに、いいのか。何べんでも、あっちへ送りかえしてやればいいのか」
「そうなんだ。僕がもういいというまでは、いくどでも二十年後の世界へ僕を追い返してくれ給え」
「よし。やってあげるよ。器械がこわれない間は、やってやるよ」
 扉が、ぱたんとしまった。
 気がついてみると、僕はオンドリの足許《あしもと》に倒れていた。
 むくむくと起き上がった。
「おい、トロ族諸君。君たちは大ぜいでもって、まだ僕を殺し得ないではないか。いったい、どうしたんだ。よく反省してみたまえ」
「おンや。この野郎。また生き返って来たぞ。執念《しゅうねん》ぶかい野郎だ」
「へんだなあ。たしかにぶち殺して、手足も首も、ばらばらにしてしまったはずだが……」
「わたしは、なんだか気味が悪くなって来たわ」
「あの人がいっているとおり、神さまはあの人の方についているようね」
 そんな声が僕の耳にちらちらと、はいった。どうやら相手の中に、軟化《なんか》のしるしが見え始めた。が、安心するのは、まだ早かった。
「こいつは悪魔だ。もっと徹底的に叩きつぶさにゃ駄目だ」
「執念ぶかいやつ。やっつけろ」
「やっつけろ」
 オンドリは気が変になったようになって、僕におどりかかった。暴漢たちが、それに続いて僕へのしかかる。
 僕は息がつまってしまった。
 が、僕は四度五度と、死にかわり生きかわり、彼らの目の前に姿をあらわした。そしてそのたびにまずまっ先にオンドリを見つけて彼の肩を叩くことにした。
 オンドリは、始めの慓悍《ひょうかん》さをだんだんと失ってきて、次第にむずかしい顔付をするようになった。九回目には、彼は大きな恐怖の色をうかべて、死んだようになってしまった。僕は、そのそばへ行って介抱《かいほう》をしてやった。そして、こういった。
「もう分ったでしょう。君たちのやり方が間違っているということを。……それが分ったら、僕の忠告に従って、君たちは平和的に事を解決するために、代表者を数名えらんで海底都市へ派遣したまえ。及ばずながら、僕が仲介をしてあげるから」


   平和使節


 トロ族の暴漢どもは、今や鳴りをしずめた。その指導者のオンドリ先生と来たら、鳴りをしずめる以上にへたばってしまって、僕の足許《あしもと》に長く伸びて、気息《きそく》えんえんである。
「さあ、僕の提案を君たちは採用するか、採用しないか。すぐ決めたまえ」
 僕は彼らに、平和的解決をはかるために、トロ族代表者を決めて海底都市へ派遣するように、そしてその手引は僕がしてあげると申し入れたのだ。こうなっては、彼らは僕の提案を受けとるしかないのだ。
 彼らはオンドリのそばへ集まって低音の早口で、しきりに相談しているようだった。が、遂《つい》に事は決まったと見え、オンドリは大ぜいに身体を抱えあげられて僕の前に来た。
「あなたのおっしゃるとおりにします。われわれは五名の代表者を出します。そしてあなたについて海底都市へ行かせます。どうかよろしくお願いしたい。……なお
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