の目玉はぐるぐるまわしだ、びっくりするだろう。いいかね」
辻ヶ谷君は、その鎖に両手をかけて、えいやッと手もとへひいた。すると、どこだか分らないが近くで、ぎいぎいぎぎいと、重い扉がひらくような音がした。いや、ほんとうに扉がひらいたのだ。すぐ目の前の小石が瓦のかけらが一方へ走りだしたと思ったら、敷石《しきいし》のゆかが傾《かたむ》き出してその上から地下道へつづいている階段が見えだしたのだ。さあその階段を下りて地面の下へ入って行くのだ。「頭をぶっつけないようにしたまえ。君から先へ……」
辻ヶ谷君はそういって僕の尻をついた。僕は不安になったが、ここで尻込《しりご》みしていたのではしょうがないから、思い切って腰を曲げると、はね橋のようにはねあがったゆかをくぐって、地下への階段をふんだ。
もうのっぴきならない運命が僕をとらえてしまったのだ。不安も恐怖も今はなくなってしまって、あとは辻ヶ谷君のさしつける懐中電灯の光をたよりに、どんどん地下へ下った。階段がつきると、ぼんやりと明りのついた廊下が左右へ走っていたが、辻ヶ谷君はその左の方へ進んでいった。その廊下は、その先でもう一度右に折れると、その奥で行きどまりとなっていた。辻ヶ谷君は、その奥まで行って、手さぐりで壁の上を探しまわっていたが、そのうちに澄んだベルの音が聞こえだしたと思ったら、壁がぱくりと口を開いた。
行きどまりの壁が、すうっと下って、下にはまりこみ、目もさめるほどの明るい部屋が目の前にあらわれた。形のふしぎな器械がずらりと並んでいる。
「早くこっちへ入りたまえ」
辻ヶ谷君にいわれて、僕は下へ落ちた壁――それは隠《かく》し扉であったのだ――をまたいで中へ入った。ぷうんといい匂いがした。ばたんという音がしたので、後をふりかえってみると、隠し扉が元のようにあがって、壁になっていた。
タイム・マシーン
ふしぎなこの地下の器械室に足をふみ入れた僕は、おどろきとめずらしさに、ぼんやりとつっ立っていた。
「おい本間君。早くこっちへ来たまえ」
僕をこの部屋へ連れこんだ辻ヶ谷君は、そういって一台の背の高い円柱形《えんちゅうけい》の器械の前から手まねきした。
その前へ行ってみると「タイム・マシーン第四号」と真鍮《しんちゅう》の名札が上にうってあり、その名札の下には、計器が五つばかりと、そして白い大きな時計の指針《ししん》のようなものが並んでついていた。
辻ヶ谷君は、その器械の横についている小さい汽船の舵輪《だりん》のようなものにとりついて両手を器用にうごかし、からんからんと輪をまわした。すると器械の壁が、計器の下のところで引戸のように横にうごくと、そこに人の入れるほどの穴があいた。
「本間君。その中へ君は入るんだよ」
「えっ、この中へ……」
「そうだ。それが時間器械なのだ。それはタイム・マシーンとも航時機《こうじき》ともいうがね、君がその中に入ると、僕は外から君を未来の世界へ送ってあげるよ。君は、何年後の世界を見物したいかね。百年後かね、千年後かね」
百年後? 千年後? 僕はそんな遠い先のことを見たいとは思わない。そんな先のことを見てびっくりして気が変になったらたいへんである。それよりはわりあい近くの未来の世の中が、どうなっているか見たいものである。僕は考えた末、辻ヶ谷君にいった。
「二十年後の世界を見たいんだ」
「二十年後か。よろしい。じゃあ入口の戸をしめるぞ。じゃあ、よく見物して来たまえ、さよなら」
「あ、辻ヶ谷君。一時間たったら、今の世界へもどしてくれたまえね」
僕はそういったがすでに辻ヶ谷君はがらがらと引戸をしめにかかっていたので、その音に僕の声はうち消されて辻ヶ谷君の耳にはとどかなかったようである。さあ困ったと不安が再び僕の上にはいあがって来た。
いや、その不安よりも、もっと大きい不安が今僕の上に落ちてきた。それは、ばたんと閉じこめられたこのタイム・マシーンの中だ。
それは卵の中へ入ったようであった。卵|形《かた》の壁だ。それが鏡になっているのだ。僕の顔や身体が、まるで化物《ばけもの》のようにその鏡の壁にうつっている。僕がちょっと身体をうごかすと、鏡の中では、まるで集団体操をやっているようにびっくりするほど大ぜいの化物のような僕の像がうごいて、同じ動作をするのであった。不安は恐怖へとかわる。
「おい、辻ヶ谷君。ここから僕を出してくれ。困ったことができたのだ。早く出してくれ」
僕は鏡の壁を、うち叩いた。だが辻ヶ谷君の返事は聞えない。僕はのどがはりさけるような声を出して、鏡の壁をどんどん叩きつづけた。
「おほん。何か御用でございましょうか」
聞きなれない声が、後にした。
僕はぎくりとして、後をふりかえった。
ああ、そのときのおどろきと、そしてここに
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