にあつくなった。
「実は………実は……」
 僕は、先生の前に出たいたずら小僧《こぞう》の様《よう》に、どもった。
 カスミ女史は、こっちをみて、にやにや笑っている。女史の方からみれば、僕がこんなに困っているのが面白くてならないのだろうがこっちは全身|汗《あせ》だくである。
「実《じつ》は、僕は二十年前の世界から時間器械に乗って、当地へやってきた本間という生徒なんです。申訳《もうしわけ》ありません」
「申訳ないことはありませんけれど、よくまあそんな冒険をなすったものねえ」
「はっ。ちょっと好奇心にかられたものですから……」
 僕は頭をかいた。
「僕は見つかると、ひどい目にあうでしょうか」
「それはもちろんですわ」
 女史は急にこわい顔になって肩をそびやかした。
「この国では時間器械による旅行者を厳重《げんじゅう》に取締っているのです。というわけは、あまりにそういう旅行者がこの国へ入りこんで、勝手なことばかりをして、荒しまわったものですから、それで厳禁《げんきん》ということになってしまったのよ」
「ははあ。彼等は一体どんなことをしたんですか」
「いろいろ悪いことをしましたわ、料理店に入ってさんざんごちそうをたべたあげく、金を払わないでたちまち姿を消してしまったり……」
「ああ、ちょっと待って下さい」
 僕は、すっかり忘れていたことを思いだして、あわてて声をはりあげた。
「そういえば、僕はまださっきの食事のお金を払ってありませんでしたね。今お払い致します」
 僕は、ポケットをさぐってみた。実は、ポケットにお金の入っている自信はなかった。こっちへ来るについて、お金の用意なんかしなかったので、恐《おそ》らくどのポケットにもお金なんか入っていないことであろう。大失策《だいしっさく》だ。僕はいよいよこの国の罪人《ざいにん》になるほか道がないのだ。困ったことになった――おや、ポケットの中に、何かあるぞ蟇口《がまぐち》みたいなものが……。
 僕は、おそるおそる、それをポケットから出してみた。青い皮で作ってある大きな蟇口。
(あっ、蟇口だ! 相当重いぞ!)
 僕は夢に夢見る心地で、蟇口をあけた。
(ほほッ、すばらしい! 金貨が入っている!)
 本当だ。大きな蟇口の中には、ぴかぴか光る金貨が百枚近くも入っていたではないか。
(どうしてこんなすごい大金が、僕のポケットの中に入っていたのだろう)
 僕は不思議で仕方がなかった。
 しかし今は、その不思議を追っているひまがない。なぜなら、僕の前にはカスミ女史が待っている。
「どうぞ、この蟇口の中から、料理代をお取り下さい」
 料理代はいくらか知らない。たとえ料理代は何万円だといわれても、この金貨は一体いくらの金貨か分らないから、蟇口の中からその何枚を出していいか分らない。だから蟇口ごと女史の前にさし出したのである。
「まあ、たくさんお金を持っていらっしゃるのね。……料理代は、その金貨一枚をいただいて、おつりをさし上げますわ」
「そうですか」
 女史は蟇口の中から金貨を一枚つまみあげ、戸棚のところへ持っていって引出《ひきだし》をあけて、何かがちゃがちゃやっていたが、やがて何枚かの銀貨を持って戻って来た。
「はい、おつりです」
「こんなに沢山のおつりですか」
 僕はおどろいた。二十年後の世界は物価《ぶっか》がたいへんやすいようである。
 女史が元の席へ戻ったので、僕はさっきの話のつづきをしてくれるよう頼《たの》んだ。
「もうその話はよしましょう。あなたに悪いことを教えては、よくありませんから」
 女史はそのことについては、もう口をつぐんでしまった。
「とにかくそんなわけで、時間器械による密航者が見つかると、警察署は直《ただ》ちにその密航者を冷凍してしまうのです」
「冷凍? へえッ、どうして冷凍になんかするのですか」
 僕は目まいがして来た。
「冷凍にすると、もう時間の上を歩けなくなってしまうんです。人体を形成するあらゆる物質――すなわち電子も陽子《ようし》も中性子《ちゅうせいし》もみんな活動を極度に縮めてしまうので、人間は丸太ン棒と同じになります」
 女史は、鼻をつんと高くした。


   合法的《ごうほうてき》滞留《たいりゅう》


 時間器械を使ってこの国へもぐりこんだ密航者は、見つけ次第《しだい》、警察の手によって冷凍されてしまうと聞いて、僕は寒気を催《もよお》した。
「冷凍されちまうと、もう絶対にこの国から逃げ出せませんですかね」
 僕は未練《みれん》なようだが、更にカスミ女史に聞きただした。
「それはもちろんそういうわけでしょう。かんじんの本人が冷凍されちまって、脳も働かなくなり、細胞もなにも凍ってしまえば、動きがとれないじゃありませんか」
「そうですかねえ。そして、それからどんな目にあうんですか。
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