す。日本が戦争放棄を宣言して以来、世界の各国は次から次へとわしの国も戦争放棄だといいだして、今のような本当の平和世界が完成したんです。この平和世界の始まりの記念塔としても、あの不《ぶ》ざまな沈没艦は観光客によろこばれているのです」
「なるほどねえ」
僕はしみじみと昔を思い出した。
敗戦のあとの苦しかったあの年々のこと。希望もなんにもなくなって死のことしか考えられなかったときに、それまでは敵として戦ってきた戦勝国のアメリカなどが意外にもわれわれの手をとって泥溝《どろみぞ》の中から救い上げてくれ、そしていろいろと慰《なぐさ》め、元気づけ、そして行くべき道を教えてくれたこと。ああ、その偉大なる愛の力によって今このような楽しい時代が来たのである。
「さあ、それでは、これからにぎやかな下町の方へご案内しましょう。お客さんにはきっと気に入りますよ」
タクマ少年が、僕の服の袖をひっぱってそういった。
雄大《ゆうだい》なる誕生
タクマ少年の案内で、僕は下町へ向かった。また例のとおり、気味のわるい動く道路の上に乗った僕は、こんどは前よりも少しうまく身体の釣合をたもつことが出来るようになった。
その道々、僕はタクマ少年にいろいろと話しかけた。さっき海底をのぞかせられてから、僕は胸の中にふに落ちないことがたくさんたまったからである。
「ねえ少年君。僕はさっぱり世の中のことにうといんだが、一体これはどういうわけなんだろうね」
「何がですか」
「何がといって、つまりこの町のことさ。なぜこんな海の底に人間が住むようになったのかね」
「そのわけは簡単ですよ。今から二十年前に日本は戦争に負けて、せまい国になってしまったことは知っているでしょう。しかしその後人間はどんどんふえで、陸の上だけでは住む場所もなくなったんです。なにしろ相当広い面積を農業や林業や道路などに使わねばならず、輸出のための工場も広い敷地《しきち》がいるので、いよいよ窮屈《きゅくつ》になったんです。そこで困って考えて、ついに考えついたのが、海底に都市をつくることでした。これはすばらしい名案でした。この名案を思いつかなかったら、日本の国はどんなに苦しい目にあわなければならなかったか分りません」
タクマ少年の声は泣いているような、ひびきを伝えた。
「でも、海底に都市をつくるなんて、たいへんな工事じゃないか。水圧のことを考えてみただけでも身ぶるいがする。あのすごい水圧に対して耐《た》える材料といえば、鉄材とセメントを使ってするにしても、たいへんな量がなければならない。それにさ、うっかりするとそれに穴があいて、水が町へどっと滝のように流れこんできたら、これはいよいよたいへんだよ。海底の町に住んでいる人は、ほとんど皆、おぼれ死んでしまわなければならないわけだからね。またその工事にしても何十年何百年かかるかもしれない……」
「待って下さい、お客さん」
タクマ少年はおかしさをこらえきれないという顔つきでいった。
「まさかお客さんは日本人が原子力を使うことを知らないとおっしゃるのじゃないでしょうね」
「原子力? ああそうか。あの原子爆弾の原子力か」
「いえ原子爆弾ではありません、原子力を使ってエンジンを動かしどんどん土木工事をすすめるのです。昔は蒸気の力や石炭や石油の力、それから電気の力などを使ってやっていましたが、あんなものはもう時代おくれです。原子力を使えばスエズ運河も一ヵ月ぐらいで出来るでしょう。また海の水をせきとめる大防波堤《だいぼうはてい》も、らくに出来上ります。昔のエンジンの出す力を、かりに蟻《あり》一匹の力にたとえると、今どこにでもある一番小さいエンジンの出る力は、七尺ゆたかな横綱力士が出す力ぐらいに相当するんですからねえ、まるで桁《けた》ちがいですよ」
「なるほど、そういわれると、そのはずだねえ。しかし……」
「しかしも明石《あかし》もありませんよ。原子力エンジンが使えるおかげで全世界いたるところに大土木工事の競争みたいなものが始まったことでしたよ。そして日本では、この海底都市の建設が始まったわけです。三浦半島のとっさきの剣崎《つるぎざき》の付近から原子力エンジンを使ってボーリングを始めましたが、どんどん鋼材《こうざい》とセメントを注ぎこんで、その日のうちに工事は海面下五十メートルに達するという進み方です。翌日は更に掘って二百メートル下まで掘り下げ、それからこんどは横に掘り始めたんです」
「そうかね、そんなに速く工事が進むとは、夢のようだ」
「最初の設計では、大体海面下に十階建くらいの大きなビルのようなものを作るつもりでしたが、工事があまり楽に行くので、急に設計替えとなり、陸地をはなれること十五キロの地点を中心とした海底都市を作ることになりました。そしてその探さは、
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