だ救い出しきらないのだ。どうです、君たちヤマ族が見ても気持ちのいい光景じゃないでしょう」
「ごもっともである。海底都市の拡張《かくちょう》工事がこんな惨禍《さんか》を君たちに与えようとは全然知らなかった。早速《さっそく》僕は、このことを報告して、直ちに善後策を講ずるであろう」
「とにかく無法にも程がある。何等の案内も警告もなしに、上からどかどかと鉄の棒をさしこんで、こんな目にあわすんだからね。かりに君たちの居住区が、こんな風に荒されたと考えてみたまえ。君たちはそのときどんなに怒りだすことか」
「ごもっとも。げにごもっともである。早速警告をわれらの仲間へ発信しよう」
 僕はそういって、カビ博士への通信器を取上げた。しかしそれは機能を発揮しなかった。
 と、そのとき大雷《おおかみなり》の落ちたような音響がした。それと共に、僕が踏まえている大地が地震のように揺れた。
「おッ、又来たぞ。憎むべきヤマ族!」
 オンドリの呪《のろ》いにみちた声と共に、右手の正面の壁がどっと下へ動きだして、滝のように落下していった。するとそのあとに、直径二百メートルほどの大穴があいた。その底はどのへんになっているのか、土煙のために見えなかった。
 トロ族の叫び。僕のまわりから、また土煙のたちのぼる地底からも、あわれな叫喚《きょうかん》があがって来た。
「また陥没《かんぼつ》だ。ひどいことをしやがる」
 オンドリの声は、前よりもずっと興奮《こうふん》している。
 僕は目を蔽《おお》いたかった。僕は出来るならすぐさまその場を逃げ出したかった。だが、そうすることは不可能だった。僕はどの道を行けば、カビ博士の待っているところへ行けるのかを知らない。――オンドリが、僕の手をつかんだ。
「あの声を聞け。トロ族の呪《のろ》いの声を聞け」
 そういって彼は、僕の耳にゴムまりを半分に切ったようなものを、ぺたんとはりつけた。するとそれまでは、ただわあわあ、ぎゃアぎゃアとばかり聞こえていたトロ族たちの叫喚が、とたんに言葉になって僕に聞こえた。
「ヤマ族の悪魔め! また、やりやがった」
「もうかんべんならん。海底都市へ進撃して、ヤマ族をみな殺しだ」
「そこに立っているヤマ族の一人を、まず血祭《ちまつ》りにぶち殺せ」
「そうだ、そうだ。やっつけろ」
 僕は背中が寒くなった。
 暴民《ぼうみん》どもだ。彼らのいっていることから考えて、彼らを暴民と呼んでさしつかえないだろう、たとえ彼らが憤激《ふんげき》すべき理由を持っているにしろ……。
「君は、僕に何を求めるのかね」
 僕はたまりかねて、傍《そば》にいて僕の手首をしっかり握っているオンドリにいった。
「あのとおり同胞は激昂《げきこう》しているんだ。尋常《じんじょう》のことではおさまらないだろう。同胞たちは君の姿を見て、一層|刺戟《しげき》されたのだ。同胞たちは、日頃の忍耐を破って、ヤマ族の海底都市襲撃を叫んでいる。あれ、あの通り……」
 オンドリにいわれなくても、僕にも彼らの好戦的な叫びは、さっきから耳に入っている。困ったことになったものだ。
「海底都市の人たちは、自分たちの進めている海底工事が、このように君たちトロ族に惨害を与えていることを知らないのだ。知ってりゃ即座《そくざ》にやめるにちがいない。だから君たちは海底都市を襲撃する前に、先ず事情を海底都市へ申し入れるべきだ。及ばずながら僕はその使者の一人となってもいいと思う」
「遅い。もう遅い。われわれの同胞はあの通りの大激昂《だいげきこう》だ。君は……君は気の毒だが、われわれの門出《かどで》の血祭だ。ひッひッひッひッ」
 オンドリは歯をむきだして、僕の腕の骨も折れよと掴《つか》んで振った。
 これまで穏健《おんけん》の人と見えていたオンドリまでが、もはや気が変になってしまったようになったのだ。万事休《ばんじきゅう》すである。
 僕の心は千々《ちぢ》に乱れた。愛する人たちの住んでいる海底都市を、トロ族の暴行より如何にして護ったらいいだろうか。また大激昂《だいげきこう》のトロ族を何とか一度で鎮《しず》まらせる方法はないものであろうかと。
 ……と、僕は一策を思いついた。


   タイム・マシーン


 最後の竿頭《かんとう》に立って思いついた僕の一策というのは、どんなことであったろうか。
 それはすこぶる大胆《だいたん》な、そして乱暴な方法であった。だがそれが今残されたる只一つの道であるのだ。トロ族の群衆は、今僕の身体を八《や》つ裂《さ》きにしようと思っている。それに続いて大挙《たいきょ》、海底都市に侵入しようとしている。そしてトロ族の惨虐性《ざんぎゃくせい》と復讐心《ふくしゅうしん》とが、言語に絶する暴行を演ずるであろうことは明白だ。この際だ。どんなに[#「どんなに」は底本では「ど
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