つかえないんだ。いや、待った。怒ってはいかんよ、終りまで聞いてくれなくては――」
「だまれ。僕なんか殺されて一向さしつかえないとは、何という言《い》い草《ぐさ》だ。おせっかいにも程《ほど》がある、何というあきれた――」
「いやそこをよく考えてもらいたいんだ。これはなかなか重大なことなんだが、冷静を失うと、もう分らなくなるのだ。いいかね、ミドリモ君。いや、本間君。君がこれから出かけて殺されたとしてもだ――怒ってはいかん、よく考えてくれ――君が殺されたとしても、本当の君は殺されないのだ。分るかね――」
僕には何のことだが分らない。また、腹が立ってたまらないので、分らせるつもりもなかった。
「よく考えてみたまえ。これから君が出かけていって、恐るべき陰謀者と対談中、不幸にも君が相手の手にかかって殺されてしまってもだ、本当の君は死なないのだ、なぜならば、僕とこうして並んでいる君は『二十年後の世界』へ見物に来ている君にすぎないからだ。本当の君はこの世界よりも二十年過去にさかのぼった世界に住んでいるんだ。そうだろう。これは分るか」
そういわれてみると、なるほどそれにちがいない、僕は博士の説に興味をおぼえた。
博士は、僕の顔色が直ったのを早くも見てとったか、その機を外《はず》さず、喋《しゃべ》りたてた。
「つまりだ。今僕と並んでいる君は、本体《ほんたい》のない幻《まぼろし》にすぎないのだ。本体の君は、連続的成長を続けて、やっと青年になりかけのところにいるんだ。だからね、幻の君が……で殺されようとも、君の本体は死なない。ただ君の幻が、殺されたように見えるだけだ。君の生命は絶対に安全である。分ったかね」
分ったようでもあり、なんだかごま化《か》されているようでもあった。僕はそのとおり素直に博士にいってやった。
「ごま化したりしていやしないよ、子供でもこれは分る理屈《りくつ》なんだがなあ。――とにかく君の本当の生命があやうくなるようなことを、君の親友の僕たるものがすすめるはずがないじゃないか。そしてね、なにもかもさらけだしてしまうと、君なる者はいくらこの世界で殺されたって、君の本当の生命には異常がないという真理を、僕は大いに重宝《ちょうほう》に思って、それを出来るだけ利用しようとしているのだ。もちろん他日《たじつ》、君にはうんと報酬《ほうしゅう》を払うことを約束する」
だんだん聞いているうちに、僕は彼のいっていることが大体理解できるようになった。本体は、僕は青少年なんだ。こんな大人ではないんだ。だからこの恰好の僕が死んでも、それは幻が死ぬだけで本体の僕の生命には異常がない――という理屈は、筋が立つ。
が、疑問が起こった。
「おい君。幻の僕が死んだら、僕はどういうことになるんだ。感覚のある僕は、どこに現れるのかい」
「それはもちろん、時間器械の部屋の中さ」
博士は、はっきり答えた。
「時間器械の部屋の中というと、あの焼跡の地下室に据《すえ》付《つ》けてある、あれのことだね。君が僕に入《はい》れといったあの器械の中のことだね」
「そうさ。あの中だ。そこで僕は君をまた未来の世界へ送りつけることが出来る。あの同じ器械を使えば、それはわけのないことだ」
なるほど、そうかと、僕は始めて納得《なっとく》がいった。
「じゃ、この海底都市へ帰って来ようと思えば、すぐ帰って来られるんだね」
「もちろん、そうだよ。時間器械のところには辻ヶ谷と名乗る僕がいつもついているんだから、君の希望どおりにしてあげられる。――どうやら分ってくれたようだから、早速《さっそく》、例の謎の陰謀者たちのまん中へ入りこんでもらいたいね。通信機もここに用意してある。彼らの正体をつきとめてくれたまえ、そしてわれら海底都市に対して何を行うつもりか。われらと平和的に妥協《だきょう》するつもりはないか。それから、出来るなら、彼奴らの生活の弱点などというものを見て来てもらいたい。さあ、そうときまったら、この潜航服《せんこうふく》を着せてあげよう」
博士はいつの間にかメバル号を海底に停止させていた。そして座席から立上って、僕の衣《ころも》がえをうながした。
海底を行く
へんなことになった。
カビ博士と名のる辻ヶ谷君の切《せつ》なる頼《たの》みにより、僕は海底ふかく分け入って、凶暴《きょうぼう》なる未知の怪生物族を探し、それと重大なる談判《だんぱん》をしなくてはならない行きがかりとはなった。
カビ博士は、僕にきせた潜航服をもう一度めんみつに点検して、異常のないのをたしかめた後、僕に門出《かどで》の祝福《しゅくふく》をのべてくれた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「しっかり頼んだよ」
「なんか異変があったら、すぐ救い出してくれるんだよ。いくら僕がこの海底都市では幻の人間だといっ
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