ょうてき》においかけられたらしいことは察せられたが……。
「姿を見せたことのない陰謀者《いんぼうしゃ》だ。さっき君に話をしたばかりの例の陰謀者だ。ぐずぐずしていれば、殺されるところだった。逃げることが出来たのは、非常な幸運だ」
博士は、まだ興奮している。
僕は博士のことばの中に、辻つまの合わないものを見つけた。
「君、姿を見せたことのない陰謀者といったが、姿を見せたことのないものなら、君にも見えるはずがないじゃないか」
「そのとおり……」
「そんなら、君がそれを見つけたようなことをいって、逃げだしたのがおかしいね」
「ちがうよ。かの陰謀者どもは今までに一度も姿を見せていない。だが、彼奴らがわれわれに対して仕事をはじめると、すぐ分るんだ。さっきも僕は、とつぜん海底の丘のかげから急に砂煙《すなけむり》がむくむくとまるで噴火《ふんか》のようにたちのぼり始めたのを見つけたのだ。彼奴らの仕業《しわざ》なんだ。彼奴らが仕事を始めたしるしなんだ。おそらくその砂煙の下に大ぜいの彼奴らがひそんでいるにちがいない。だからそれを見ると、僕は全速をかけて、現場からずらかったんだ」
博士はそういって説明した。
「このあたりもまだ危険らしい。もっと遠くへ行こう」
博士はメバル号をさらに沖合へはしらせた。
「その陰謀者は、なぜ姿を見せないのかね」
僕はたずねた。
「なぜだか、われわれには、まだ分っていない。自分たちの姿をわれわれに見せることを極端《きょくたん》にきらっているのだろうが、なぜそうなんだか見当《けんとう》がつかない」
「で、その陰謀者たちは、君たちに対して何を計画しているの」
「その方はうすうす分るんだ。ちょっと耳を貸したまえ」
と、博士はふかい用心ぶりを見せて僕の耳に口を近づけた。
「つまりね、彼奴はわれわれの海底都市を覆滅《ふくめつ》しようとしているのにちがいない。覆滅だ。分るかね、この海底都市を大破壊し、われわれを死滅させようと考えているんだと思う」
「ふうん、それがほんとうなら、けしからん話だ」
「そうだ。けしからん話だ。せっかく平和|裡《り》に、高度の文化のめぐみをうけてくらしている、われら海底都市住民の生存をおびやかすなどとは、許しておけないことだ」
「それなら、早速《さっそく》彼等に対抗したらいいではないか。彼等を追払ったがいいじゃないか」
「それが考えものなんだ。第一、そんなことは、わが住民たちが同意しないにきまっている」
と、博士は首を左右に振った。
「でも、そうしなければ陰謀者はいよいよのさばって、君たちへ暴力をほしいままにふりかけるじゃないか」
「わが海底都市住民は、武力抗争《ぶりょくこうそう》ということを非常に嫌っているんだ。だから武力をもって彼奴を追払うという手段は、すくなくとも表面からいったのでは、住民たちの同意を得ることはむずかしい」
「だがおとなしくしていれば、君たちは彼等にくわれてしまうばかりだ。だから防衛のために武力を用いることは――」
「君はいけないよ、そういうことを、この国へ来ていうから。そういうことは、この国では全く通用しないんだから」
「そんなに武力行使ということを嫌っているのかい。それならそれでいいとして、では平和的に外交手段でいってはどうだ」
「それでもだめ。相手は全面的に暴力をもってわれわれに迫っている。外交手段を用いる余地はないのだ。しかも困ったことに、いかなる点から考えても、彼奴らはわれわれよりもずっと知能のすぐれた生物らしい。だから正面からぶつかれば、こちらが負けることはほとんど間違いないと思うんだ。それに、彼奴らは姿さえ見せない……」
博士はため息をついた。が、そのとき彼は僕の腕をぐっと握ると、あえぐようにいった。
「実は、君に頼みたいというのは君が単身《たんしん》で、彼奴《あいつ》に面会をしてくれることだ」
「それは危険だ」
「そうだ。君は多分彼らの手にかかって殺されるだろう」
「ええッ!」
不死《ふし》の真理《しんり》
僕は、このときほど腹の立ったことはなかった。
(このカビ博士――いやこの辻ヶ谷の野郎め!)
と、思わず拳《こぶし》が彼の方へうなりを生じて動きだした。――僕を危険きわまりない謎の陰謀者のところへ使者にやり、そしてそこで僕が殺されるであろうことを知っていながら、僕を行かせようというカビ博士の薄情《はくじょう》さ。
「あ、ちょっと待て。怒るのはもっとものようだが、ちょっと話をきいてくれ」
博士は両手をあげて僕を制した。
メバル号は、とたんにぐっと傾《かたむ》いた。博士はまたあわててハンドルをとりながら、
「君、おちつかにゃいかんよ。君は今、僕のことばにびっくりしたようだが、おどろくことは何もないんだ。君は殺されても一向《いっこう》さし
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