天井を蹴った。
ああ、それも無駄に終った。足の骨が折れそうになり、激痛《げきつう》が全身を稲妻《いなづま》のように突《つ》き刺《さ》しただけであった。
(もう駄目か。息が出来なければ僕は死んでしまう)
僕はもう気が変になりそうだ。どこかに空気のもれて来る穴がないものかと、僕は水槽の中を魚のようにもぐって、あっちの壁やこっちの底を探りまわった。だが、すべては無駄であった。
無駄と知りつつ、それでも僕は水中を、あざらしのようにはねまわった。
やがて僕は、続けざまに水をがぶかぶ呑んでいた。呼吸は苦しさを通り越して、奇妙に楽になった。胃の腑の方が苦しくなった。僕はもっと泳ぎまわり潜り続けて空気を見つけなければならないと思いながらも、僕の身体はだらんとしていた。水の層を通してあいている両眼に、うす青いあかりが入って来るのが、夢の国にいるような感じだった。
僕の知覚はだんだん麻痺《まひ》して来たんだ。
わが耳に、遠くで人がいい争っている声が聞こえる。本当に聞こえるんだか、幻想なんだか、どっちとも分らない。それは男と女との口論のようでもある。声高く笑っている。そうかと思うと、くやしそうに泣いているようでもある。
(僕はもう死ぬんだな)
僕はそう悟《さと》った。死にたくない。しかしどうにもならない。ああ神さま!
それからどのくらいの時間が経《た》ったか、僕は覚《おぼ》えていない。とにかくぼんやりと気のついたとき、僕はしきりに口から水を吐いていた。いや、正確にいえば水を吐かされていたのだが……。
遠大なる実験案
僕は、うつ向いて、水を吐《は》かされていた。
胃袋の下に、砂枕《すなまくら》のようなものがあたっていた。そして誰かが、僕の背中に、ぐいぐいと力を加える。そうすると僕は、障子がひきさけるような音をたてて、ごぽごぽと下へ水を吐くのだった。
僕には見えないが、僕の頭の上で、がやがやと喋《しゃべ》っている人声がする。それは非常に遠いところで喋っているようにも思われる。僕の知覚は、まだ麻痺《まひ》状能を脱し切っていないのである。その証拠に喋っている人声が急に遠くなったり、また僕が水を吐いていることが分らなくなって花園の中に犬を追いまわしている夢の中に入ってしまったりした。僕の身体の方々には、三重にも四重にも違った疼痛《とうつう》があって、それに耐える
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