いって紳士ぶっているが、彼奴の弟は人間にあるまじききたないことをやっているじゃないかと、世間から後指《うしろゆび》を指されるのが、今から予想するだに烏啼にはたまらない厭《いや》なことだった。
さりとて、この義弟を掴《つかま》えて、ピストルを発射するな、弾丸を人様に命中させるなと強意見《こわいけん》を加えても、それは蛙の面《つら》に小便、鰐の面に水のたぐいであって、とても義弟の行状を改めさせる効力のないことは、それを試みるまでもなく分っている。
こういう次第だから、烏啼天駆の懊悩《おうのう》するのも尤《もっと》もであった。そして彼は次第に食慾を減じ、女人をして惚々《ほれぼれ》させないではいない有名なる巨躯紅肉《きょくこうにく》が棒鱈《ぼうだら》のように乾枯《ひか》らびて行くように感ぜられるに至ったので、遂に彼は一大決心をして、従来の面子《めんつ》を捨て、忍ぶべからざるを忍び、面《つら》の皮を千枚張りにして、彼が永い間ひそかに尊敬している心友の許へ出掛けて行き、すべてをぶちまけて、よい智慧の貸与とその協力とを乞うたのであった。
「それは同情する。君としちゃあ、このまま放置するには忍びないだろう。パチンコの的矢と来ては、返事をする代りにピストルの弾丸を送る奴だからねえ。わしも彼奴に前後三回、身体に穴をあけられたよ」
「どうも済まん。それをいわれると、おれは胸を締められる想いだ。ねえ、何とかして貰えんだろうか。一生のお願いだ。哀れなる烏啼天駆を助けてくれ」
「うん。外ならぬ貴公から是非にと頼まれたのは前代未聞じゃから、何とかしてあげたいものだ。どうするかね、これは……」
烏啼の心友は、ひどい猫背を一層丸くしてしばらくじっと考えこんでいたが、やがて彼は黒眼鏡の奥に、かっと両眼を開き、両手をぽんと打った。
「よし、いいことを思いついた。それを思いついたは、貴公の幸運というものじゃ。こういうことで行こう。近う寄れ」
そこでかの心友は猫背を一層丸くして、烏啼の耳に何事かを囁《ささや》いたのであった。
「えっ、彼奴にピストルを持たせて……ふんふん、ええっ、やっちまうのか。それでは虎を野へ放つようなもの……え、大丈夫か。ふんふん、ふうん。……そうかなあ。いや君を信ずるよ、僕は。よろしい、どうか頼む」
烏啼は、手を合わせて心友を拝んだ。
お志万《しま》は二十二
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