ブ・ニッポン・スッパ・エンド・オシコミ」に記載せられ、会員及び広く被害性大衆に一大感動を与えたことだった。この記事を読んで会員の一人である掏摸与太郎は慨歎した。「するてえと、電車の中で五百円紙幣を稼ぐためには、おいらは背中にチョコレートの入った大きな包を背負って電車に乗込まなきゃならねえぞ。こいつはどうも不便なこった!」
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闇成金の苅谷勘一郎氏の許へ、その朝恐るべき脅迫状《きょうはくじょう》が舞いこんだ。
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“脅迫状。拝啓、来る十一月十一日を期し、貴殿夫人|繭子《まゆこ》どのを誘拐《ゆうかい》いたすべく候間お渡し下されたく、万一それに応ぜざるときは貴殿は不愉快なる目に遭《あ》うべく候。右念のため。草々敬具。烏啼天狗生拝”
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まことに念入りな鄭重《ていちょう》慇懃《いんぎん》を極《きわ》めた脅迫状であった。しかしいくら鄭重慇懃でも、脅迫状は嬉しくない。受取人の苅谷勘一郎は焦慮《しょうりょ》熟考《じゅっこう》の末、一つの成案を得た。
(こういう事件は、警察へ話すよりも、先ず袋猫々探偵に相談した方がいい。あの探偵なら、烏啼天狗専門だから……)
天駆と書き、あるいは天狗と書く。これは彼のそのときの気持次第である。世人は漸《ようや》くこの奇賊を烏天狗《からすてんぐ》とは呼び始めた。
被脅迫者の苅谷氏は、この段、繭子夫人まで報告してあまり愕《おどろ》かないことを要望した。袋猫々探偵なら、奇賊烏啼を扱うには誰よりも心得ているだろうから、奇賊をして繭子夫人に一指をも染めさせないであろうと、善良にして慈愛に富む夫は述べたことだった。しかし夫人は夫君の説明の後で、烏啼天狗の脅迫状の真蹟をひろげて見るに及んで、声も立てずに長椅子の中に気絶してしまった。
苅谷氏は入念な変装ののち、ひそかに袋猫々探偵の事務所を訪問した。
「……といったようなわけでありまして、憎むべき烏啼天狗は理不尽《りふじん》にもわが最愛の妻を奪取しようというのであります。およそかかる場合において、夫たる身ほど心を悼《いた》ましむ者が他にありましょうか」
「令夫人を相手に渡さなければ、あなた様のご心痛もなくて済むわけでしょう」
黒眼鏡をかけたひどい猫背の探偵は事もなげに、こういった。
「ええっと何と仰有《おっしゃ》る」と苅谷氏は驚愕《きょうがく》
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