作  弥次[#「弥次」は太字] 鴨川 布助
     ●第六景・奈良井遊廓《ならいゆうかく》[#「●第六景・奈良井遊廓《ならいゆうかく》」は太字]
花魁初菊[#「花魁初菊」は太字] 花柳 春子  同赤玉[#「同赤玉」は太字] 山村 蘭子  提灯持[#「提灯持」は太字] 奈良木 清  元永 敏夫  金棒引[#「金棒引」は太字]  清洲 蝶子  神田 玉子  禿[#「禿」は太字] 海原真帆子[#「海原真帆子」に丸傍点]  新造[#「新造」は太字] 玉川 砂子  大井 町子  水町 静子  御門 秋子  芸者[#「芸者」は太字] 小牧 弘子  香川 桃代  平河みね子  小林 翠子  喜多[#「喜多」は太字] 丸木 花作  弥次[#「弥次」は太字] 鴨川 布助

 痺《しび》れる脳髄!
 もし此処で卒倒《そっとう》したらば、それで万事《ばんじ》休《きゅう》すだ!
 弦吾は無形《むけい》の敵と闘った。血を油に代えて火を点じ、肉を千切《ちぎ》って砲弾の代りに撃った。何とかして、この中から義眼のレビュー・ガールの、名前を見付け出したい。その張りきった焦躁《しょうそう》で、舞台の方に向けている眼は空洞《うつろ》になろうとする。
 ――いつの間にやら、第三コメディ「砂丘《さきゅう》の家」は幕となった。弦吾は同志帆立に脇腹《わきばら》を突つかれて、慌《あわ》てて舞台へ拍手を送った。途端《とたん》に、
「おや?」
 弦吾は、なにかしらハッとした。霊感《れいかん》の迸《ほとばし》り出でようという気配《けはい》を感じた――子供のときから、不思議な癖《くせ》で……。
(そうだ。あの消去法《しょうきょほう》という数学、あれを応用して一つやってみよう、よし!)
 彼は遂《つい》に一つのプランを思いついた。頭脳は俄《にわ》かに冷静となった。科学者だった彼の真面目《しんめんもく》が躍如《やくじょ》として甦《よみがえ》った。消去法とは一体どんな数学であるか。
 そのときベルが、喧《けたたま》しく鳴った。ジャズに囃《はや》されて重い緞帳《どんちょう》が上っていった。いよいよ第四の「ダンス・エ・シャンソン」の幕が開いたのだった。
 何よりも先ず第一の問題は、誰が義眼を入れているかを発見することだった。
 舞台では、飛び上るようなメロディーにつれて七曲の第一、
   ダンス(木製《もくせい》の人形《にんぎょう》)
 が始まった。赤と白とのだんだらの玩具《おもちゃ》の兵隊の服を着、頬っぺたには大きな日の丸をメイク・アップした可愛《かわ》いい十人の踊り子が、五人ずつ舞台の両方から現れた。
 タッタラッタ、ラッタッタッ。
 ラッタラッタ、タッタララ。
 踊り子たちは、恰《あたか》も木製の人形であるかのようにギゴチなく手足を振った。
(おお、このなかに、義眼を入れた女が居るか?)
 眼を見張ったが、こう遠くては判らない。と云って今さら舞台の前のカブリツキまで出られないし、たとい出てみたところで何しろ小さい眼のことだ。義眼と判るとまで行くまい。
 QX30[#「30」は縦中横]の笹枝弦吾《ささえだげんご》は、呆然《ぼうぜん》として舞台の上に踊る彼女達を見入った。
 そのとき彼の眼底《まなぞこ》に映った一人の踊り子があった。その踊り子は、他の九人と同じように調子を揃えて踊っているのであるが、何だかすこし様子が変である。
 どう変なのかと、尚《なお》も仔細《しさい》に観察をしていると、成程《なるほど》一つのおかしいことがある!
 その踊り子は頭を左右に、稍《やや》振《ふ》りすぎる嫌いがあるのだ。
 いや、もっと別の言葉で云うことが出来ると思う。――その踊り子は首を左に傾《かたむ》けているうちに、急に驚いたように首を右に傾《かたむ》け直すのだった。首を、その逆に右から左へ傾け直す行動《モーション》は自然に円滑《えんかつ》に行われるのだった。唯《ただ》左に曲っている首を右に傾け直すときに限り、非常に不自然な行動《モーション》が入った。
 もっと別の言葉で云える。つまりそんな不自然な行動も左の眼が悪いからこそ起るのだ。左の眼が悪いときは、悪い方の眼は見えないから右の一眼《いちがん》で前面《ぜんめん》を見ることになる。そのためには顔を正面に向けていたのでは、左の方が見えない。それを補うためには右の眼を身体の中心線の方に寄せる必要がある。その時に顔を曲げねばならぬ。このとき人間は首を左へ曲げる!
 左眼の悪い人間は、つまり、常に左に首を曲げている。しかし踊り子がいつも左へ傾いた顔をしていたのでは美感《びかん》上困る。そこで気のつく度《たび》に、ヒョイと首を逆にひねる。この場合、右へは、右へ振ったが振りすぎて人目《ひとめ》を引くようになる。そして踊っている裡《うち》に、つい習慣が出て首が自然に
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