X30[#「30」は縦中横]の弦吾《げんご》だった。
 見よ、確かに死んだ筈の義眼の副司令が、真紅な禿《かむろ》の衣裳を着て、行列の中を歩いているのだ。これが驚かずにいられようか。
「シ、しまった!」
 と気がついたときは、もう既に遅かった。隣席の五十坂を越したと思う男が、年齢《とし》の割には素晴らしい強力《ごうりき》で、弦吾の利腕《ききうで》をムズと押えた。
「話は判っている筈《はず》だ。さア静かに向うへ来給え」
 その一語で、すべては終った。魚眼《ぎょがん》レンズを透《とお》した写真を調べてみるまでもなく、大声をあげたりして、もう明瞭《めいりょう》な失敗をしたQX30[#「30」は縦中横]だった。もう再度《さいど》、生きて此のレビュー館は出られなくなった。
 万事《ばんじ》休《きゅう》す!
     *
 義眼の副司令の女を、柳ちどり[#「柳ちどり」に丸傍点]と思っていたのは笹枝弦吾の惜《お》しい誤解《ごかい》だった。柳ちどりは確かに機関銃で殺された踊り子だった。この柳ちどりは、第五景に出る段になって、急に烈しい頭痛に襲われたのだった。出場は迫《せま》るし、遂《つい》に已《や》むなく副司令が柳ちどりに代って出たわけだった。そこで彼女は柳ちどりと間違えられるようなことになった。次の第六景、「奈良井遊廓」の場で正しい持役《もちやく》で出演したわけだった。柳ちどり[#「柳ちどり」に丸傍点]でなければもう海原真帆子[#「海原真帆子」に丸傍点]に決っている。皆さんは其《そ》の名前が、「禿《かむろ》」という役割の下にあるのを既に御存知《ごぞんじ》の筈《はず》である。
 海原真帆子《かいばらまほこ》こそ幸運なる副司令の芸名だった!



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「日曜報知」報知新聞社
   1932(昭和7)年11月12日号
※「茶店娘《ちゃみせむすめ》」は底本のプログラムでは「薬屋娘」ですが、底本通りとしました。
入力:土屋隆
校正:田中哲郎
2005年5月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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