》をしねえとは何でえ。こッこの棒くい野郎奴《やろうめ》」
「……」
「だッ黙ってるな。いよいよもう、勘弁《かんべん》ならねえ、こッ此《こ》の野郎ッ」
 どおーンと突き当ったのはいいが拳固《げんこ》を振《ふ》り下《お》ろすところを、ヒラリと転《か》わされて、
「ぎゃーッ」
 と叫ぶと、酔漢《すいかん》は舗道《ほどう》の上に、長くのめった。
 弦吾と同志帆立とは、酔漢の頭を飛び越えると足早《あしばや》に猿江《さるえ》の交叉点《こうさてん》の方へ逃げた。
 細い横丁を二三度あちこちへ折れて、飛びこんだのはアパートメントとは名ばかりの安宿《やすやど》の、その奥まった一室――彼等の秘密の隠《かく》れ家《が》!
「どうだった?」入口の扉《ドア》にガチャリと鍵をかけると、帆立が云った。
「ウン、これだ」
 弦吾は掌《てのひら》を開くと、小形のたばこや[#「たばこや」に傍点]マッチを示した。酔払いから素早く手渡された秘密のマッチ箱だった。小指の尖《さき》で、中身をポンと落しメリメリと外箱《そとばこ》を壊《こわ》して裏をひっくりかえすと、弦吾はポケットから薬壜《くすりびん》を出し、真黄《まっき》な液体をポトリポトリとその上にたらした。果然《かぜん》、見る見る裡《うち》に蟻の匍《は》っているような小文字《こもじ》が、べた一面に浮び出た。
 本部からの指令だった!


     3


 二人は、マッチ箱の裏に書かれた指令文を読み終ると、合《あ》わせていた額《ひたい》を離して、思わず互《たがい》の顔を見合わせた。二人は一語《いちご》も発しない。余程《よほど》重大な指令と見える。
 その指令というのは――
[#ここから罫囲み]
(指令本第一九九七八号)
(一)QX30[#「30」は縦中横]トQZ19[#「19」は縦中横]トハ、即刻《そっこく》間諜座《かんちょうざ》ニ赴《おもむ》キ、「レビュー・ガール」の内《うち》ヨリ左眼[#「左眼」に丸傍点]ニ義眼ヲ入レタル少女ヲ探シ出シ、彼女ノ芸名ヲ取調ベ、QZ19[#「19」は縦中横]ハ直《ただ》チニR区裏ノ公衆電話|傍《そば》ニ急行シテ黄色ノ外套《がいとう》ヲ着《ちゃく》セル二人ノ同志ニ之《これ》ヲ報告セヨ。又QX30[#「30」は縦中横]ハ間諜座内ニ其儘《そのまま》止リテ、打出《うちだ》シト共《とも》ニ群衆ニ紛《まぎ》レテ脱出セヨ。
(二)右ノ報告
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