きた手拭づつみの握り飯を二人で喰べると、昼間の疲れが一時に出てきた。
 二人はだいたい睨《にら》み合って、無言の業をつづけていたが、疲労から睡魔の手へ、彼等はなにがなんだか分らないうちに横にたおれて前後不覚に睡ってしまった。
 次の日の暁が来たのも、もちろん二人は知らなかった。どっちが先とも分らず目が覚めたが、そのときはもう太陽が高く上っていて、バラックの外には荷車がギシギシ音を立てて通ってゆくのが聞えた。
 杜は目が覚めたが、何もすることがないので、そのままゴロリと寝ていた。頭と足とを逆に寝ていたお千は、藁の中に起きあがった。そして下駄をつっかけると、天井の低い土間に突立《つった》って、物珍らしそうに小屋のうちを眺めまわした。お千がなんとなく嬉しそうにニコリと微笑《ほほえ》んだのを、杜は薄眼の中から見のがさなかった。
 お千が小屋の外に出てゆくと、間もなくガヤガヤと元気な人声がした。なんだか木の箱がゴトンゴトンとかち会う音などが聞えた。なんだろうなと思っているうちに、お千がヌッと小屋のなかに入ってきた。彼女は両手に沢山の品物を抱えていた。
「あんた、こんなに貰ったのよ。みな配給品だわ。林檎《りんご》もあるわ。缶詰に、ハミガキに、それから慰問袋もあんたの分とあたしの分と二つあるわよ。――さあ起きなさいよォ」
 お千はすっかり機嫌を直していた。
 配給品が時の氏神《うじがみ》であった。二人はそれを並べて幾度も手にとりあげては、顔を見合わせて笑った。
「昨日のことは――あのことは、あんた忘れてネ。あたし、どうかしていたのよ。いくらでも謝るわ」
 お千はいい潮時《しおどき》を外さず、愧《は》ずかしそうに素直に謝った。
「うん、なァに、なんでもないさ。――」
 杜はいままでに一度も懸けたことのない優しい言葉を云った。その優しい言葉は、お千に対してよりも、自分自身の侘《わび》しい心を打った。彼はなんだか熱いものが眼の奥から湧いてくるのを、グッと嚥《の》みこんだ。


     8


 昨日に続いて、杜とお千とは、また連れだって拾い物に出かけた。
 ちょっとした煮物の出来る竈《かまど》も出来たし、ミカン函を改造して机兼チャブ台も作った。裏手には、お千のために、往来からは見えないように眼かくしをした軽便厠《けいべんがわや》をこしらえた。入口には、杜の名をボール函の真に書いて表札
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