ず東京へ電話が通ずるつもりの彼は、万国橋《ばんこくばし》を渡ったところに自働電話函が立っているのを見つけて、そのなかに飛びこんだ。だが受話器をとりあげて、交換手をいくら呼び出してみても、ウンともスンとも云わなかった。
「これは困った。電話が通じない。電話局は電源を切られたのにちがいない」
彼は仕方なく駅の方へ行ってみることにした。
万国橋通を本町《ほんちょう》の方へ、何気《なにげ》なくスタスタ歩きだした彼はものの十歩も歩かないうちに、ハッと顔色をかえた。ああなんという無残な光景が、前面に展開されていたことだろう。
まず、目についたのは、恐ろしいアスファルト路面の亀裂《きれつ》だ。落ちこめば、まず腰のあたりまで嵌《はま》ってしまうであろう。
その凄《すさま》じい亀裂の上に、電線が反吐《へど》をはいたように入り乱れて地面を匍《は》っていて[#「匍《は》っていて」は底本では「葡《は》っていて」]、足の踏みこみようもない。ただ電柱が酔払いのように、あっちでもこっちでも寝ている。
もっと恐ろしいものが目にうつった。すぐ傍の二階家が、往来の方に向ってお辞儀をしていた。大きな屋根が地面に衝突して、ところどころ屋根瓦が禿《はげ》たように剥がれている。四五人の男女がその上にのぼって、メリメリと屋根をこわしている。――「このなかに、家族が三人生埋めになっています。どうか皆さんお手を貸して下さい。浜の家」
三人が生き埋めに?
杜は、これは手を貸してやらずばなるまいと思った。四、五人の力では、この潰れた大きな屋根が、どうなるものか。
と、突然向うの通りに、叫喚《きょうかん》が起った。人が暴れだしたのかと思ってよく見ると、これは警官だった。
「オイ火事だ。これは、大きくなる。オイ皆、手を貸してくれッ」
どこでも手を貸せであった。見ると火の手らしい黄色い煙が、横丁の方から、静かに流れてきた。
「オイ火事はこっちだッ」
「いや、向うだよ」
「いけねえ、あっちからもこっちからも、火事を出しやがった」
「おう、たいへんだ。早く家の下敷になった人間を引張りださないと、焼け死んでしまうぜ」
誰も彼もが、土色の顔をして、右往左往していた。悲鳴と叫喚とが、ひっきりなしに聞えてきた。大きな荷物を担いで走る者がある。頭部に白い繃帯をまいた男を、細君らしいのが背負って駈けだしてゆく。
杜はは
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