新米の、しかも理科の先生になんか監督されることをたいへん不平に思った。でも練習が始まってみると、さすがに猛《た》けき文学少女団も、ライオンの前の兎のように温和《おとな》しくなってしまった。そのわけは、杜先生こそ、理学部出とはいうものの、学生時代には校内の演劇研究会や脚本朗読会のメムバーとして活躍した人であったから、その素人ばなれのした実力がものをいって、たちまち小生意気な生徒たちの口を黙らせてしまったのである。
 空虚《から》の棺桶は、ローマの国会議事堂前へなぞらえた壇の下に、据《す》えられていたが、これはふたたび女生徒に担がれて講堂入口の方へ搬《はこ》ばれた。
 この劇では、黒布《くろぬの》で蔽われたシーザーの棺桶は、講堂の入口から、壇の下まで搬ばれる、そこにはアントニオ役の前田マサ子が立っていて、そこで棺の蔽布《おおい》が除かれ、中からシーザーの死骸があらわれる、それを前にして有名なるアントニオの熱弁が始まるという順序になっていた。
 ところが、そのアントニオは、空虚《から》の棺桶を前にしては、一向力も感じも出てこないため、どうしても熱弁がふるえないという苦情を申立てた。――
 講堂入口の、生徒用長椅子の並んだ蔭に、空虚の棺桶は下ろされ、黒い蔽布が取りさられた。
 小山ミチミは、切れ長の眼を杜先生の方にチラリと動かした。いつものように先生はジッと彼女の方を見ていたので、彼女はあわてて、目を伏せた。そしてスリッパをぬぎ揃えると、白足袋をはいた片足をオズオズ棺のなかに入れた。
「どんな風にしますの。上向きに寝るんでしょ」
 そういいながら、小山は長い二つの袂《たもと》を両手でかかえ、そして裾を気にしながら、棺のなかにながながと横になった。
「アラッ――」
 ミチミの位置の取り方がわるかったので、彼女の頭は棺のふちにぶつかり、ゴトンと痛そうな音をたてた。
 杜先生は前屈《まえかが》みになって素早くミチミの頭の下に手を入れた。
「……ああ起きあがらんでもいい。このまますこし身体を下の方に動かせばいいんだ。さ僕が身体を抱えてあげるから、君は身体に力を入れないで……ほら、いいかネ」
 杜先生は両手を小山の首の下と袴の下にさし入れ、彼女の身体を抱きあげた。
「ほう、君は案外重いネ。――力を入れちゃいかんよ。僕の頸につかまるんだ。さあ一ィ二の三ッと――。ううん」
 ミチミは、顔
前へ 次へ
全47ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング