大島の海岸にうちあげられ、大破《たいは》した。また乗組員の半数が死傷した。
 この奇竜丸の救援に赴《おもむ》いた官憲は、はからずも、この船の構造や、乗組員の様子に疑惑《ぎわく》を持ち、厳重に取調べた結果、この船こそ怪賊|烏啼天駆《うていてんく》の持ち船だと分り、そして天罰《てんばつ》とはいえ重傷を負っている烏啼を、遂に他愛《たわい》なく引捕《ひっとら》えた。
 このことは早速東京へ無電で連絡され、田鍋課長は再びこの大島へ急行して、烏啼を受取った。
 烏啼はもう観念したものと見え、すべてをべらべらと喋《しゃべ》った。
 彼の行動は、大体帆村の推理したところに一致していた。しかし烏啼がその後秋草と争って、遂《つい》に猫又もお化け鞄も共に自分の手に入れ、それを奇竜丸に持ち込んだばかりか、秋草の自由を束縛してこの船に乗せてしまったことが分った。それから後はずっと海上生活をしていたものだから、この二人の行方は陸上を監視していただけでは知れなかった筈《はず》である。
 その烏啼は、海上生活を送りながら、なんとかして大島へ上陸し、三原山の火口底から例のラジウムを取出そうと、機会の来るのを狙《ねら》っていたが、当局の警戒がすこぶる厳重なため、その目的を達することが出来ないでいた。
 ところが或る日、秋草が実に大胆なる脱走を試みた。
 彼女は、烏啼の部下数名を、巧《たく》みなる手段によって籠絡《ろうらく》すると、その力を借りて、猫又とお化け鞄とを盗み出させ、それから細紐《ほそひも》で自分の手首をしばって、猫又を入れたお化け鞄に結びつけ、鞄の把柄を下へ押し下げた。すると猫又の浮力《ふりょく》と、お化け鞄の浮力とによって、鞄は秋草の身体を下にぶら下げたまま宙に浮きあがった。船は依然として走っているものだから、鞄にぶら下った秋草の身体は見る見るうちに船を離れた。
 これに気がついた乗組員が、急いで烏啼に知らせたので、烏啼は顔色をかえて船橋《せんきょう》へ上った。そして秋草の身体の流れていったと思う方向へ船を戻した。
 だが、折柄《おりから》空に月はあれど夜のことだから、遂《つい》にそれを発見することが出来なかったという。
 この烏啼の告白によって、猫又の死骸とお化け鞄と血染めの細紐の謎が漸《ようや》く解けそめた。そのようにして秋草は脱走をはかったが、彼女はぐんぐん上空へ引き上げられて息が絶《た》えたものと思う。そのうちに彼女の身体を吊下《つりさ》げている紐が切れ、下へ落ちてしまったのであろう。恐《おそ》らくそれは広い海の中であったことと思われる。彼女の繊細《せんさい》なる手首が紐でこすられて血が出、それが紐の切れ端に残ったことは確かだ。こうして彼女は、遂に敗れて一命《いちめい》を失ったものらしい。
 臼井は今も行方が知れない。
 それから最後に特筆大書《とくひつたいしょ》しておくべきは、田鍋課長が目賀野を証人として、烏啼に会わせたところ、目賀野がびっくりして烏啼を指して叫んだ。
「やッ、貴様は千田じゃないか」
 烏啼は、繃帯《ほうたい》を巻いた頭をすこし起こして、ふふんと笑った。
「貴様が千田なら、おい話せ、わしの姪《めい》の草枝はどこへ連《つ》れていった」
 千田と草枝が一組となって、いつも目賀野の下で働いていたことは、ずっと前から知られている。
「おれは知らんよ。課長に願って、細紐に残っているあの女の血に尋《たず》ねてみたがよかろう」
 と、烏啼はいって、むこうを向いてしまった。
 そんなことから、目賀野の姪の草枝こそ、看護婦秋草のことであり、彼女が或るときは烏啼に協力しながら、後には烏啼と張合ってラジウムやお化け鞄やお化け猫の争奪に生命を賭《か》けたことが判明した。
 これで、鞄らしくない鞄の話は、すべて終ったわけであるが、気の毒なのは赤見沢博士である。博士は研究所を火災《かさい》で失って、どうにも復興《ふっこう》の見込みが立たず、あたら英才《えいさい》を抱《いだ》いて不幸を歎《たん》しているという。しかし博士のことだから、そのうちにもっと何かいい手段を考え出すことだろう。博士が、この次に、重力消去装置をどんな方面に活用するかは、非常に興味あることだと思う。



底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日初版発行
※「深夜の研究室」において、小山嬢が綱を結びつけたところは、「壁際の鉄格子」と「飾椅子」の二つが示してある。矛盾しているが、底本のママとし、本文中には注記しなかった。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年7月21日公開
2006年7月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作ら
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