服《せっぷく》にかかった。
「杉の角材の中に仕掛があるというのか。それはどうも信ぜられないね。しかし念のためだ、調べてみろ」
 目賀野は臼井を督励《とくれい》して、四本の杉の角材を手にとるやら耳のところまで振ってみるやら、それから目方を考えてみるやらして、さまざまな診察を試みたが、その結果は、杉の角材であるという以外の化物ではなさそうであった。
「貴様のいうことは出鱈目《でたらめ》だ」
 目賀野は再び激昂《げきこう》に顔を赭《あか》くし始めた。
「待って下さい。博士の仕掛は、この角材の中にしっかり入っているんでしょうから、この角材を鉈《なた》で割ってみましょう」
 臼井は、部屋の隅の函《はこ》の中から鉈を出して来て、角材をぽかりと縦《たて》に二つに割った。それから中を調べた。が、それは杉の角材であるに十分であったが、他の何物をも隠していなかった。
 臼井は、次々に残りの角材をぽかりぽかりと割ってみた。すべては、只の角材であるという以外に、何の新発見もなかった。
「それ見ろ。なんにもないじゃないか。貴様は恩知らずだ。底の知れない鈍物《どんぶつ》だ。ああ貴様のような奴は、もうわしのところへは置いておけない。とっとと出て行け」


   不意討《ふいうち》


 臼井の顔が、酒に酔った人のように真赤になる。目賀野の顔色はすごいまでに蒼《あお》い。
「こんなにまでして貴方に尽《つく》しているのが分らんですか」
 臼井が残念そうに声をふり絞った。
「わしの命令から逸脱《いつだつ》するような者をこのまま黙って許しておけると思うか。事の破綻《はたん》はみんな貴様のよけいなことをしたのに発している。こんな鞄が何に役立つ。この材木は一体何だ。風呂桶《ふろおけ》の下で燃すのが精一杯の値打だ」
「そんな筈はないんですがなあ。もっと慎重によく調べさせて下さいよ」
「その必要はない。何もかもおれには分っとる。おまけに博士をあんなに生ける屍《しかばね》にしてしまって。……わしの計画は滅茶滅茶《めちゃめちゃ》じゃないか」
「博士は外出時に変装するということを貴方が僕に注意しなかったのが、そもそも手落ちですよ」
「博士のラボラトリーの前から警戒監視すべきが当然だ。しかるに貴様は骨を惜んで田端駅で待っていた。横着者《おうちゃくもの》め。そして博士が到着しないと分ると、そこで初めて目黒へ駆けつけた。そのときはもう後の祭だ。博士はもの言わぬ人となって目白署へ収容され……そうだ、まだ貴様にいうことがあった。貴様は田鍋のところでよけいなことを喋《しゃべ》ったな。知っているぞ、ちゃんと知っている。博士の部屋へ入ると、猫の子が宙に浮いてばたばたやっていたと喋ったろう。それから博士に仕事を頼んだことまでべらべら喋っちまったんだろう。どうだ、それに違いなかろう」
「それは……それは、そういわないとあの場合、捜査課長の心を動かすことが出来なかったからです」
「バカ。捜査課長にあれを連想せしめるような種を提供して、わしの方は一体どうなると思うんだ。田鍋のやつは、勘は鈍いが、あれで相当|克明《こくめい》でねばり強いから、そのうちにはきっと一件を感づくに違いない。そうなったら……ああ、そうなったら万事休《ばんじきゅう》すだ。わしの最後の一線が崩れ去るのだ。憎い奴だ、貴様は……」
「まだ投げるのは早いです。打つべき手は、まだいくらでもありましょう。こんどは間違いなくやります。一命を抛《なげう》ってやります。命令して下さい」
「貴様に対する信用はゼロなんだが……よしもう一度使ってやる。いいか、こうするんだ。田鍋のところへ行くんだ。さっきの十万円で買収だ。買収に応じなかったら田鍋の奴を早いところ誘拐《ゆうかい》してしまえ」
「はい」
 と、電話が外から懸って来た。
 目賀野は電話器を取上げた。彼は簡単な返事をして電話を切った。彼の奥歯がぎりぎりと鳴っていた。
「臼井、早くしろ。十万円はその書類棚の上に入っているから、開いて出したまえ」
「はあ」
 臼井は書類棚のところへ行った。と、彼の脳天《のうてん》にはげしい一撃が加わって、彼は意識を失ってしまった。
 目賀野は、ほっと一息ついて、手にしていた丸い盆を、隅の卓子へかえした。それから隣室へ通ずる扉を開いて、大声で呼んだ。すると、いつぞやの若い男と女とが、奥からとび出して来た。それを見ると、目賀野はいった。
「一時この邸から退去せにゃならなくなった。千田はこの臼井を担《かつ》いで霊岸橋《れいがんばし》へ行って、辰馬丸に乗込んですぐ出てくれ。行先は石《いし》の巻《まき》だ、草枝はもんぺをはいてわしといっしょに来てくれ。松戸へ出てから、すこし歩くことにするからなあ」
 そういっているとき、天井に取付けてある高声器が、がらがらと雑音を出してから、ひ
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