ばたんと閉めた。
 目賀野の顔は、いよいよ緊張に赭味《あかみ》を増した。彼の目は鞄に釘《くぎ》づけになっている。
 が、そのうち彼の目は疑惑に曇《くも》りを帯《お》びて来た。
「どうもおかしい。鞄はおとなしい。おかしいなあ。……ああ、そうか。臼井。その鞄に鍵をかけてみろ」
 臼井は命ぜられるとおりに、鞄の錠に鍵を入れて、錠を下ろした。
 鞄は卓上に於て、再び熱烈な目賀野の視線を浴びることとなった。
 四五分経つと、目賀野の顔がすこし蒼《あお》ざめた。彼は鞄の傍へ寄ると、いきなり鞄を持上げ、力いっぱい振った。
 それがすむと、彼は鞄をもう一度、そっと卓子の上へ置いた。それから、じっと鞄を注視《ちゅうし》した。
 彼は小首をかしげた。
 もう一度鞄を抱きあげると、上下左右へ激しく振った。それがすむと、卓子の上へ戻した。但しこんどは鞄を横に寝かせて置いた。
 彼は腕組をして、鞄を睨据《にらみす》えた。
 一分二分三分……彼の顔は硬《こわ》ばった。と、彼はその鞄を手にとるが早いか、どすんと臼井の足許へ投げつけた。
「な、なにをなさるんです」
 臼井の顔も蒼くなった。
「ばかッ。この鞄は、ただの鞄じゃないか。こんなものをありがたく受取って来て、どうするつもりか」
 目賀野は、満身|朱盆《しゅぼん》のようになって、臼井を怒鳴《どな》りつけた。
「ただの鞄だと断定するのは、まだ早すぎると思います。もっとよく研究してみるべきではないでしょうか」
「駄目だ。これだけ色々とやってみても、がたりともせんじゃないか。ただの鞄に過ぎないことは明白《めいはく》だ。赤見沢博士謹製のものならこんなことはない」
「おかしいですね。……博士はこの鞄と共に警察署へ保護されていたんで、間違いはない筈なんですがね。それとも……」
 と、臼井はしばらく自分のおでこを指先でつまんで考えこんでいたが、そのうちに彼は指を角材の方へ指した。
「ああ、これだ。この杉の角材ですね。この中に博士の仕掛があるのですよ。閣下の御註文《ごちゅうもん》のとおり鞄にして置くと目に立つという心配から、仕掛はこの角材の中に秘《ひ》めて邸から持ち出されたんじゃあないでしょうか。いや、それに違いないです。そうでもなければ、ねえ閣下、鞄の中に杉の角材などを大事そうに収《しま》っておくわけがないですよ」
 臼井は、勇敢なる説を立てて、目賀野を説
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