ですね、宙《ちゅう》にふらふら浮いているじゃないですか、びっくりしましたね」
「どうしてまたその仔猫は宙に浮いていたのですか。天井《てんじょう》から紐《ひも》でぶら下げてでもあったのですか」
「そんなことなら、僕はきゃッなどと恥《はず》かしい声を出しやしません。その仔猫たるや、紐でぶら下げられたのでもなく、風船で吊上《つりあ》げられているのでもなく、宙にふわふわと……」
「それは本当の猫じゃないのでしょう」
「本当の猫です。あとで僕はさわってみましたから、知っています。もっともこの仔猫は赤い腹掛《はらかけ》をしていましたがね」
「腹掛のせいじゃないでしょう、宙をふわふわやるのは……」
「さあどうですかなあ。とにかく赤見沢博士という大学者は仔猫を宙に浮かせるような奇妙な実験をしてみせる、恐るべき人物です」
「それは魔法かな、奇術《きじゅつ》かな」
「奇術でしょうな。博士はそのときいっていました。これは正しい学理に基く一つの実験なんだ。決してこの猫は化け猫ではないと説明されたんです」
「君はその種を知っているのでしょう。さあ聞かせて下さい」
田鍋課長は、先刻《せんこく》とすっかり立場をかえ、臼井の語るのを催促《さいそく》した。
「僕には分りません」臼井はそういった。本当に知らないのか、それともわざと説明を逃げたのか分りかねる。「とにかくそういう重要人物なんですから、ぜひとも一刻も早く赤見沢博士を探し出して頂きたい」
「うーむ」
課長は呻《うな》った。わが命令を出すのは極めて容易《ようい》であるが、そういう奇術師だか理学者だか分らない変な人物を探し出すのに大掛りなことをやって、後でもの嗤《わら》いにならないであろうかどうかを心配した。
課長の返事はなかなか出て来なかった。その間、臼井青年はしきりにかきくどいた。課員が、課長の前の未決書類函へ帳簿を入れていった。それは、さっきからそのへんをまごまごしている黒表紙の事件引継簿であった。
「とにかく……まあとにかく、私から係へよく話をして置きましょう。それで、博士の人相書や――写真があれば更にいいですね――それから失踪の時刻やそのときの服装、その他参考になる事柄を出来るだけたくさん書いて私の許まで提出されたい。私としては出来得るかぎりの御便宜を図《はか》るでありましょう。どうぞ目賀野先生へよろしく」
そういわれれば誰でも
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