。宿泊料とチップを受けとって、ふくら雀《すずめ》のようなお手伝いさんが出てゆくと、私は外套《がいとう》を脱ぎ、上衣《うわぎ》を脱いだ。そして持ってきた包みをベリベリと剥がした。ナイフなんか使う遑《いとま》がない。すべて爪の先で破った。
 出て来た出て来た。
「柿色の紙風船だァ!」
 外《ほか》の紙風船は、室内にカーニヴァルの花吹雪《はなふぶき》のように散った。
「これだ、これだッ」
 とうとう探しあてた柿色の紙風船だった。私の眼は感きわまって、俄《にわ》かに曇った。その泪《なみだ》を襯衣《シャツ》の袖で横なぐりにこすりながら、私は紙風船の丸い尻あてのところを指先で探った。
「オヤ?」
 どうしたのだろう。尻あて[#「あて」に傍点]のところに確かに手に触れなければならない硬いものが、どうしても触れないのだ。そこはスケートリンクのように平坦だった。
「そんな筈はない!」
 怺《こら》えきれなくなった私は、尻あてに指先をかけると、ベリベリと引っぺがした。すっかり裏をかえして調べてみた。ところが、やっぱり何も見当らない。これは尻あてと、呼吸《いき》を吹きこむ口紙の方と間違ったかナと思って、今度はそっちの方をひき※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》ってみた。が、やっぱり無い。そんな筈はない。そんな筈はない。が、どうしても見当らないのだった。
「ああーッ」
 私の腰はヘナヘナと床の上に崩れてしまった。夢ならば醒《さ》めよと思った。神様、もう冗談はよしましょうと叫んだ。時間よ、紙風船を破く前に帰れよと喚《わめ》きたてた。だが、そんなことが何の役に立つというのだ。絶望、絶望、大絶望だった。数万の毛穴から、身体中のエネルギーが水蒸気のように放散《ほうさん》してしまった。私は脱ぎ捨てられた着物のようになって、いつまでも床の上に倒《たお》れていた。

 それはどれほど後だったかしらぬ。私はようやく気がついて、床の上に起き直った。
 考えてみると、随分馬鹿な話だった。あれほどうまく隠しおおせた三万五千円のラジウムが、とうとう行方不明になってしまったのだ。だが、あの日までは私の手のうちにあったラジウムである。現在も地球上の、どっかに存在している筈《はず》であった。
 そう思うと又|口惜《くや》し泪《なみだ》がポロポロ流れ落ちて来るのだった。人生の名誉を賭けたあのラジウムを、
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