の看守の手で大騒ぎをして取調べられていることだろうと思って、噴《ふ》き出《だ》したくなった。
 娑婆の風は実にいいものだった。ピューッと空《から》ッ風が吹いて来ると、オーヴァーの襟《えり》を深々《ふかぶか》と立てた。
「ああ、寒い」
 風が寒いのを感じるなんて、何という幸福なことだろう。私は五年間に貰いためた労役《ろうえき》の賃金の入った状袋《じょうぶくろ》をしっかりと握りながら、物珍《ものめず》らしげに、四辺《あたり》を見廻したのだった。
 そこへ一台の円タクが来た。呼びとめて、車を浅草へ走らせる。円タクに乗るのも、あれ以来だった。私は手を内懐《うちぶところ》へ入れて、状袋《じょうぶくろ》の中から五十銭玉を裸のまま取り出した。
「旦那、浅草はどこです」
「あ、浅草の、そうだ浅草橋の近所でいいよ」
「浅草橋ならすこし行き過ぎましたよ」
「いや、近くならばどこでもいい。降《おろ》して呉れ」
 私は綺麗な鋪道《ほどう》の上に下りた。だが何となく刑務所の仕事場を思い出させるようなコンクリートの路面だった。私は厭《いや》な気がした。
 そこで私は、トコトコ歩き出した。
 訪ねる先は、七軒町《しちけんちょう》の玩具問屋《おもちゃどんや》、丸福商店《まるふくしょうてん》だった。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、相当まごついたが、やっと思う店を探しあてた。店頭には賑《にぎや》かに凧《たこ》や羽根《はね》がぶら下り、セルロイドのラッパだの、サーベルだの、紙で拵《こしら》えた鉄兜《てつかぶと》だの、それからそれへと、さまざまなものが所も狭く、天井から下っていた。――私は臆面《おくめん》もなく、店先へ腰を下した。
「いらっしゃいまし。何、あげます?」
 と小僧さんが尋《たず》ねた。
「ああ、紙風船が欲しいのですがネ、すこし注文があるので、一ついろいろ見せて下さい」
「よろしゅうございます。――紙風船といいますと、こんなところで……」
 と小僧さんは指さした。なんのことだ、私の坐った膝の前、あの懐しい紙風船が山と積まれているのだ。
(おお。――)
 私の胸は早鐘のように鳴りだした。風船を両手でかき集め、しっかり圧《おさ》えたい衝動に駆られた。だが私も、刑務所生活をして、いやにキョトキョトして来たものである。
「そうですネ。――」
 と私は無理に気を落ち着けて、風船の山を上から下へと調べ
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング