からは、体《てい》よく断られてしまった。どうも、サインが前のものと違っているから、帳簿に乗っているとおりのものを思い出してくれというのであった。
 彼は、かーっとなったが、それでも、虫を殺して、一旦銀行を出た。
 銀行を出ようとして、彼が、掲示板の中に、パリ銀行のロンドンに移転してきた告知《こくち》ポスターを見落したとしたら、彼の上には、もっと深刻なるものが降ってきたことであろう。幸《さいわ》いにも、彼は、それに気がついたので、その足で、パリ銀行の臨時本店へいってみた。そこで彼は、十万フランの払出請求書《はらいだしせいきゅうしょ》を書いた。すると行員《こういん》は、気の毒そうな顔をした。また、駄目かと、彼は苦《にが》い顔をしたが、行員は、
「誰方《どなた》にも、只今、一日五千フラン限りとなっていますので、事情《じじょう》御諒承《ごりょうしょう》ねがいます」
 といった。彼は、それならばというので、請求書を五千フランに書き改めると、銀行では、それに相当する英貨《えいか》で、払ってくれた。彼は、やっと大|安堵《あんど》の息をついた。これで、乾干《ひぼ》しにもならないで済《す》む。
 それか
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