|重慶《じゅうけい》は、昨夜、また日本空軍のため、猛爆をうけた。損害は重大である。火災は、まだ已《や》まない。これまでの日本空軍の爆撃により市街の三分の二は壊滅《かいめつ》し、完全なる焦土《しょうど》と化《か》した。しかも、蒋委員長は、あくまで重慶に踏み留《とど》まって抗戦する決意を披瀝《ひれき》した”
 日本が中国を攻撃している! あの小さい日本が、大きな中国を攻撃しているのだ。なんというおかしなことであろう。一体、中国の空軍は、なにをしているのであろう。中国の空軍の活躍については、生憎《あいにく》ニュースがなかったのか、なにも記載《きさい》がなかった。
「日本軍は、敵ながら、なかなか天晴《あっぱれ》なものだ」
 仏天青は、ひどく日本軍の勇敢さに、ひき入れられた。敵国が好きになるとは、困ったことであった。
 彼は、新聞紙を、また折りかえして、次なる頁《ページ》に目をやった。
「おや、こんなところに、アンダーラインしてあるぞ」
 今まで気がつかなかったが、下欄《げらん》の小さい活字のところが、数行に亙《わた》って、黒い鉛筆でアンダーラインしてあった。そこを読むと、こんなことが書いてあった。
“パリ発――日本大使館附フクシ大尉は、ダンケルク方面に於いて、行方不明となりたり。氏は英仏連合軍の中に在りて、自ら偵察機《ていさつき》を操縦して参戦中なりしが、ダンケルクの陥落《かんらく》二日前、フランス軍の負傷者等を搭載《とうさい》しパリに向け離陸後|消息《しょうそく》を絶ちしものなり。勇敢なる大尉及び同乗者等の安否《あんぴ》は、極めて憂慮《ゆうりょ》さる”
 それを読んだ仏《フォー》は、舌を捲いた。
「ふーん、日本軍人は、ここでも勇敢なことをやっている。勇敢なる中国軍人のニュースは、一体どこに出ているのだろうか」
 生憎《あいにく》と、その日は、中国軍人が活躍しなかったものと見え、他をしらべても、中国軍人の勇敢さについては一行半句《いちぎょうはんく》も出て居らず、ただ、列強の対中援助のことだけが、くどくどと書いてあるばかりだった。


     9


「あら、あなた、なにを読んでいらっしゃるの」
 眠っているとばかり思っていたアンが、いきなりむくむくと起き上って、仏《フォー》の持っていた新聞をひったくった。
 アンは、なぜか、険《けわ》しい目をして、新聞の面を大急ぎで見てい
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