なお五十メートルばかりあった。
 先へ金田がおり、つづいて川上、山岸の順でおりた。
 竪坑の底も、やっぱり明かるかった。しかしそこには上から落ちてきた岩のかけらが、小さい山をなしていた。
 この小山は、一方がひっかいたように、岩のかけらがくずれて凹《へこ》んでいた。
 見ると、そこからくずれて、下へ向けてゆるやかな傾斜をもった坑道の中へ流れこんでいた。その下には最近ほりかけた一つの坑道があるのだ。そこは三人が働いていたところなので、どんなふうになっているだろうかと気にかかった。そこで三人はほかのしらべは後まわしにして、ざらざらすべる斜面を下へおりていったのである。
 奇妙な例の死骸は、その底において発見されたのである。大の字なりに上をむき、足を入口に近い方にし、頭は奥のほうに半分うずもれていたのである。
 三人がどんなにおどろいたかということは、三人とも気がついたときは地上を走っていたことによっても知られる。三人はいつどこをどうして地上にとび出したか、さっぱりおぼえがないといっている。

   謎《なぞ》をとく人

 息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。
 顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。
 それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。
 その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青《さお》にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。
 決死視察隊が編成された。
 ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。
 決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。
 さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。
 奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。
「何者ですかなあ、これは……」
「何者というよりも、これは人間だろうか」
「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」
「しかし角《つの》が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」
「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」
「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」
「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」
「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧《よろい》をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」
「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」
「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士《きし》は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」
「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀《こうき》二千六百十年ですからねえ」
 集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。
 本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利《うでき》きの捜査官にも来てもらうことであった。
 さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。
 とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。
 このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。
 そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。
「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六《ほむらそうろく》氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」
「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」
 といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡《めがね》をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。
「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」
 彼は太い音楽的な声で、そういった。
 あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。
「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」
 と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。
 さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。

   奇抜《きばつ》な推理

「いやあ、どうも少し早すぎましたが、あんまりふしぎな話を聞いたものですからね……」
 と理学士帆村荘六は、ちょっときまりが悪いか、あとの言葉を笑いにまぎらせた。
「一向《いっこう》かまいませんよ。誰でもいいから、こんな気味のわるい事件は早く解決してもらいたいと思いますよ。帆村君は、どういう風に考えているのですか」
 そういったのは、この鉱山事務所の次長で、若月《わかつき》さんという技師だった。この人は、年齢は若いが、技術にも明かるく、そして、ものわかりもよく、鉱員たちの信望をあつめている人で、この鉱山にはなくてはならない人物だった。
「僕の考えですか……」
 帆村と若月次長のまわりに、皆が集ってきた。これからどんな話を二人が始めるのか、それを聞き落すまいというのだった。
「まだたいした発見をしているわけではありませんがね、この怪物がどうしてこんな地底にころがっているかということだけは、わかったように思うのです」
 そういって帆村は、次長の顔を見た。
「ほう、それはぜひ聞かせて下さい。私にはまったく見当がつかない」
 次長は帆村の返事が待遠しくてたまらないという風に見えた。すると帆村は右手をあげて、頭の上を指さした。
「空から落ちて来たのです」
「えっ、空から……」
 まわりに集っていた人々は、すぐには帆村の言葉を信じかねた。七百メートルの地底にころがっている死骸が、空から落ちてきたと考えるのは、あまりに奇抜すぎる。
「そうです。空から落ちてきたのです。さっき見ましたが、竪坑《たてこう》の天井が落ちていますね。この怪物は、竪坑の中をまっさかさまに落ちてきて、まずこの第八十八鉱区の地底にぶつかり、その勢《いきおい》で斜面を滑《すべ》ってこの掘りかけの坑道の奥にぶつかって、ようやく停《とま》ったのです」
「そういうことがあるでしょうか」と、次長はにわかに信じられない顔つきであった。
「では証拠《しょうこ》を見てもらいましょう。誰にもよくわかることなんです。ほら、この斜面に幾本も筋がついているでしょう。これは怪物が滑ったときについたものです。この筋を、斜面について下の方へたどって行きましょう」
 帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。
「ほら、こういう具合につづいていますよ。そしてここまでつづいて停っている。ここは第八十八鉱区の竪坑の底です。ほらほら、ここに土をけずったようなところがある。初めこの怪物はここへぶつかったのです。それから今たどってきた筋をつけて、あそこへ滑りこんで停ったのです。これなら誰にもよくわかるでしょう」
「なるほどなあ」と、次長も、まわりにいた人も、声を合わせて叫んだのである。たしかに、帆村のいうことに理窟があった。今まで自分たちは幾度となくそれと同じ場所を見ていながら、帆村が探りだした事実には気がつかなかったのである。なんという頭の悪いことだろうかと、顔が赤くなったが、よく考えてみると、それは帆村なればこそ、こうした謎をとく力があるので、誰にでもできることではないのである。
「すると上から落ちてきたことはわかったとして、なぜこんな怪物が落ちてきたのですかね」
 次長は、背の高い帆村の顔を下から見上げるようにして聞いた。
「はははは、それがわかれば、このふしぎな事件の謎は立ちどころに解《と》けてしまうのですよ。だが、それを解くことは容易なことではない。もっと深く調べてみなければなりません」
 帆村は、むずかしい顔になっていった。
「わかった。この間敵機が五百何機も来て、大爆撃をやりましたね。あのとき竪坑の天井もうちぬかれたのです。あの爆撃のとき、敵機に乗っていた搭乗員が、機上からふり落されて、ここへ落ちこんだのではないでしょうか」
 そういったのは少年鉱員の山岸だった。
「それはいい説明だ。帆村君、どうですか」と、次長は山岸に賛成していった。
「ちがいますよ。あの爆撃のあった翌々日に、大雨が降ったでしょう。この怪物が落ちてきたのは、あの大雨のあとのことです」
「それはなぜですか」
「やはり、よくこのあたりの土を見ればわかります。大雨のあと、このあたりに水がたまり、それから後に水は地中へ吸いこまれたのです。そのあとでこの怪物は上から落ちてきたのです。その証拠には、怪物の身体は、雨後の軟《やわらか》い土を上から押しています。よく見てごらんなさい」
 帆村のいうとおりだった。皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。帆村は、べつに得意のようではなかった。彼はそこで吐息《といき》をつくと、
「とにかくこれは世界始ってこのかた、一番むずかしい事件ですぞ。そして非常に恐しい事件の前触《まえぶれ》のような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、禍《わざわい》が落ちてくるかもしれない。皆急いで力を合わせ、一生懸命にやらねば、取返しのつかないことになるように思う。皆さんも重大なる覚悟をしていてくださいよ」
 といって、帆村はすたすたそこを立ち去ろうとするのであった。次長が驚いて、帆村をよびとめた。しかし帆村はいった。
「東京からえらい係官がみえて、その怪物を調べるようになったら、私を呼んでください。しかし今いっておきますが、どんなことがあっても、この怪物をここから出してはいけません。地上へ運んではなりませんよ」
 謎の言葉を残して、帆村は出ていった。

   七人組の博士

 東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。
 この七人組は、刑事事件に長
前へ 次へ
全17ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング