それ以下には下らぬようになっている。この程度なら、空気をきれいに洗うことも、酸素をおぎなうことも、また室内を温めることも、それほど大きな消費をしないで、艇は長時間にわたる航空にさしつかえないのだ。
 室内には、万一の場合に備えて、気密服や兜《かぶと》も用意してあるが、ふつうの場合は、気密服や気密兜を体につける必要はなく、飛行服だけでよいのだ。だから初期の成層圏機にくらべて、居住はたいへん楽であった。居住が楽であるということは、偵察任務にしろ、操縦にしろ、通信にしろ、また戦闘にしろ、すべてが窮屈でなく、十分に実力を発揮できるということである。居住が楽でないと、たちまち実力の半分とか、三分の一とかに落ちてしまう。そこで飛行機や噴射艇の設計者は、設計のときに楽な居住ができるように努力しなければならぬわけだ。
 さて、このへんで、作者は二番艇の内部の模様をお知らせしようと思う。
 操縦席についているのは、いうまでもなく山岸中尉だ。そのうしろに偵察員として帆村荘六がいる。そのとなりに横向きになって、電信員の山岸少年が、無線装置に向かいあっている。
 おもしろいのは、みんなの座席が、重力の方向に曲がっていることだ。艇は殆《ほとん》ど垂直に近い角度で上昇しているので、座席が固定していると、体が横になってしまって自由がきかない。それでは困るから、座席は自然におきるようになっている。そのとき計器盤や無線装置も、座席といっしょにぐっと垂直になるので、非常に便利だ。
「機長」
 帆村が上を向いて叫んだ。
「おう」
 山岸中尉が答える。
「高度二万メートルを突破しました」
「はい、了解」
 白昼だというのに、窓外はもうすっかり暗い。窓は暗紫色である。太陽は輝いているが、空はすこしも明かるくないのだ。だから、あれは太陽ではなくて、月ではないかしらと、帆村はいくたびか錯覚を起しそうになった。もちろん星が暗黒の空にきらきらと美しく輝きだした。どう見ても夜の世界へはいったとしか思われない。成層圏を始めて飛ぶ帆村荘六は、非常な奇異な思いにうたれつづけであった。
「寒くなったら、電熱服を着なさい。また呼吸困難になったら、酸素を吸入なさい」
 山岸中尉は、成層圏になれない帆村と弟のために、親切なはからいをとった。しかし二人とも、これくらいの寒さや息苦しさなら、まだ大丈夫だといって、がんばりとおしていた。
 艇内の正面の計器盤の上に、テレビジョンの受影幕が二個並んでいた。そしてどっちにも像がうつっていた。
 右のものは、飛行艇の操縦席と、その後部がうつっている。操縦席には、望月大尉の明かるい顔があった。だからこれは、先行する彗星一号艇の内部がうつっているのだとわかる。
 左のものは、広い部屋である。奥の方には机や、椅子が並んでおり、飛行服をつけた者がしきりに通っている。これは忍谷基地の地上指揮所の屋内である。
 当番の電信兵の顔の右半分が、画面の端にあらわれているが、それが何だかおどけたように見える。
 こうやってテレビジョンで連絡をとっていると、非常に便利である。地上の指揮所でも、一号艇や二号艇の内部が、壁間の受影幕にうつっているのだから、その像のうつっているかぎり、両艇は安全な飛行をつづけているなと安心していられるのである。
 地上にいて、ほんとうは、たいへん気をもんでいる班長左倉少佐であったけれど、あまりたびたびテレビジョンに顔を出しては、望月大尉や、山岸中尉の注意力をそぐおそれがあると思って、必要なとき以外はなるべく顔を出さないようにしていた。
 いつとはなしに時刻は過ぎ、いつか高度二万メートルを突破した。いよいよ危険な超高空に近づいて来た。
 望月大尉は、山岸中尉から貰《もら》った地図をひろげて、竜造寺兵曹長の飛んだとおりの航路をなるべく飛ぶことにして、ここまでたどりついたのである。さて、この先には何者がいるのであろうか。鬼畜《きちく》か悪魔か、とにかくすこしも油断はならない。望月大尉は、二号艇へ「警戒せよ」と、テレビジョンの中から手先信号で、注意をあたえた。

   大危険帯

 窓外はいよいよ暗黒だ。
 死の世界、永遠の夜の世界だ。
 その中に、どんな恐しい悪魔がひそんでいるかわからないのである。
「ノクトビジョンを働かしているか」
 望月大尉から山岸中尉への注意だ。
 ノクトビジョンとは、暗黒の中で、物の形を見る装置だ。これは一種のテレビジョンで、一名暗視装置ともいう。これで見るには、相手に向けて赤外線をあびせてやる。物があればこの赤外線で照らしつけてくれる。肉眼では見えないが、赤外線をよく感ずるノクトビジョン装置で見れば、まるで映画をみるようにはっきり物の形がわかるのである。
「高度二万五千メートル……」
 帆村荘六が大きな声で報告する。
「あと三
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