であろうか。そして、どうしたのであろうか。
失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。
「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」
「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」
「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」
「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温《あたたか》くなるはずだ」
「そこが妖怪変化《ようかいへんげ》だ。あとで我々に祟《たた》りをしなければいいが」
と、鉱山事務所の人々がかたまって噂《うわさ》をしていると、後から別の声がした。
「いや、あれは妖怪変化の類《たぐい》ではない。たしかに生ある者だ」
この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。
「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」
「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」
帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
宇宙線の威力《いりょく》
青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられ、皆がっかりだった。はるばる東京からやってきた特別刑事調査隊の七人組も、どうやら面目をつぶしてしまったかたちで、室戸博士以下くやしがること一通りではなかった。
この上、現場にうろうろして、怪物のとび去った空をながめていても仕方がないので、鉱山の若月次長のすすめるままに、一同は鉱山事務所へ行って休息することとなった。
青とかげの怪物がにげてしまったことは、すでに事務所にもひろがっていた。皆おちつきを失って、あっちに一かたまり、こっちに一かたまりとなり、今入ってきた七人組を横目でにらみながら、怪物の噂に花がさいている。
「あの七人組の先生がたも、こんどはすっかり手を焼いたらしいね」
「しかし、折角《せっかく》こっちがつかまえておいたものを、むざむざ逃がすとは、なっていない」
「それよりも、僕はあの怪物がきっとこれから禍《わざわい》をなすと思うね。この鉱山に働いている者は気をつけなければならない」
「あんな七人組なんかよばないで、帆村さんにまかせておけばよかったんだ」
「そうだとも、帆村荘六のいうことの方が、はるかにしっかりしている。彼は『あの怪物は宇宙線を食って生きている奴だ』と、謎のような言葉をはいたが、宇宙線てなんだろうね。食えるものかしらん」
誰もそれについて、はっきり答えられる者がなかった。
「宇宙線というと、光線の一種かね」
「そうじゃないだろう。まさか光線を食う奴はいないだろう」
「それではいよいよわけが分からない」そういっているとき、帆村荘六が、例のとおり青白い顔をして、部屋へはいってきた。彼は皆につかまってしまった。そして宇宙線が食えるかどうかについて、矢のような質問をうけたのであった。
「宇宙線というのは、X線や、ラジウムなどの出す放射線よりも、もっとつよい放射線のことだ」と、帆村は、皆にかこまれて説明を始めた。
「X線が人間の体をつきとおるのは、誰でも知っている。胸部をX線写真にうつして、肺に病気のところがあるかどうかをしらべることはご存じですね。宇宙線はX線よりももっと強い力で通りぬける。X線の約三千倍の力があるのです。X線はクーリッジ管から出るものだが、宇宙線は何から出てくるか。これは今のところ謎のまま残されています。しかし地球以外のはるかの天空からやってくる放射線であることだけは分かっています。だから宇宙線といわれるのです。その宇宙線は、まるで機関銃弾のように、いつもわれわれ人間の体をつきぬけている。しかしわれわれは、宇宙線にさしとおされていることに、気がつかないのです。この宇宙線は、空高くのぼっていくほど数がふえます。それから宇宙線は、更に大きな力を引出す働きをします。火薬を入れた函《はこ》にマッチで火をつけると大爆発をしますが、宇宙線はこの場合のマッチのような役目をするのです。この働きに、僕たちは注意していなければなりません」
聞いていた皆は、何だか急に寒気がしてきたように感じた。
「ふかい地の底には、宇宙線はとどきません。そこに暮していると、宇宙線につきさされないですみます。そうなると、人間――いや生物はど
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