れからどんな話を二人が始めるのか、それを聞き落すまいというのだった。
「まだたいした発見をしているわけではありませんがね、この怪物がどうしてこんな地底にころがっているかということだけは、わかったように思うのです」
 そういって帆村は、次長の顔を見た。
「ほう、それはぜひ聞かせて下さい。私にはまったく見当がつかない」
 次長は帆村の返事が待遠しくてたまらないという風に見えた。すると帆村は右手をあげて、頭の上を指さした。
「空から落ちて来たのです」
「えっ、空から……」
 まわりに集っていた人々は、すぐには帆村の言葉を信じかねた。七百メートルの地底にころがっている死骸が、空から落ちてきたと考えるのは、あまりに奇抜すぎる。
「そうです。空から落ちてきたのです。さっき見ましたが、竪坑《たてこう》の天井が落ちていますね。この怪物は、竪坑の中をまっさかさまに落ちてきて、まずこの第八十八鉱区の地底にぶつかり、その勢《いきおい》で斜面を滑《すべ》ってこの掘りかけの坑道の奥にぶつかって、ようやく停《とま》ったのです」
「そういうことがあるでしょうか」と、次長はにわかに信じられない顔つきであった。
「では証拠《しょうこ》を見てもらいましょう。誰にもよくわかることなんです。ほら、この斜面に幾本も筋がついているでしょう。これは怪物が滑ったときについたものです。この筋を、斜面について下の方へたどって行きましょう」
 帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。
「ほら、こういう具合につづいていますよ。そしてここまでつづいて停っている。ここは第八十八鉱区の竪坑の底です。ほらほら、ここに土をけずったようなところがある。初めこの怪物はここへぶつかったのです。それから今たどってきた筋をつけて、あそこへ滑りこんで停ったのです。これなら誰にもよくわかるでしょう」
「なるほどなあ」と、次長も、まわりにいた人も、声を合わせて叫んだのである。たしかに、帆村のいうことに理窟があった。今まで自分たちは幾度となくそれと同じ場所を見ていながら、帆村が探りだした事実には気がつかなかったのである。なんという頭の悪いことだろうかと、顔が赤くなったが、よく考えてみると、それは帆村なればこそ、こうした謎をとく力があるので、誰にでもできることではないのである。
「すると上から落ちてきたことはわかったとして、なぜこんな怪物が落ちてきたのですかね」
 次長は、背の高い帆村の顔を下から見上げるようにして聞いた。
「はははは、それがわかれば、このふしぎな事件の謎は立ちどころに解《と》けてしまうのですよ。だが、それを解くことは容易なことではない。もっと深く調べてみなければなりません」
 帆村は、むずかしい顔になっていった。
「わかった。この間敵機が五百何機も来て、大爆撃をやりましたね。あのとき竪坑の天井もうちぬかれたのです。あの爆撃のとき、敵機に乗っていた搭乗員が、機上からふり落されて、ここへ落ちこんだのではないでしょうか」
 そういったのは少年鉱員の山岸だった。
「それはいい説明だ。帆村君、どうですか」と、次長は山岸に賛成していった。
「ちがいますよ。あの爆撃のあった翌々日に、大雨が降ったでしょう。この怪物が落ちてきたのは、あの大雨のあとのことです」
「それはなぜですか」
「やはり、よくこのあたりの土を見ればわかります。大雨のあと、このあたりに水がたまり、それから後に水は地中へ吸いこまれたのです。そのあとでこの怪物は上から落ちてきたのです。その証拠には、怪物の身体は、雨後の軟《やわらか》い土を上から押しています。よく見てごらんなさい」
 帆村のいうとおりだった。皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。帆村は、べつに得意のようではなかった。彼はそこで吐息《といき》をつくと、
「とにかくこれは世界始ってこのかた、一番むずかしい事件ですぞ。そして非常に恐しい事件の前触《まえぶれ》のような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、禍《わざわい》が落ちてくるかもしれない。皆急いで力を合わせ、一生懸命にやらねば、取返しのつかないことになるように思う。皆さんも重大なる覚悟をしていてくださいよ」
 といって、帆村はすたすたそこを立ち去ろうとするのであった。次長が驚いて、帆村をよびとめた。しかし帆村はいった。
「東京からえらい係官がみえて、その怪物を調べるようになったら、私を呼んでください。しかし今いっておきますが、どんなことがあっても、この怪物をここから出してはいけません。地上へ運んではなりませんよ」
 謎の言葉を残して、帆村は出ていった。

   七人組の博士

 東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。
 この七人組は、刑事事件に長
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