にはげしく動かしてみる。はげしく動かせば動かすほど、指は見えなくなる。そして向こうのものがはっきり見える。その理窟だと、帆村はいうのである。
「ほう、高速運動体だから、人間の目には見えないというのか。なるほど、これは一つの理窟だ。扇風機の羽根も、廻りだすと目に見えなくなるが、あの理窟と同じだという……」
わかったようでもあり、腑《ふ》におちないようでもある。どこが腑におちないのか。
「で、帆村班員、なぜ、『魔の空間』はそのように高速運動をしているのか」
腑におちないのは、この点だ。山岸中尉はさっそく帆村に質問を発した。
ところが帆村は首を左右に振り、
「それがわかれば、われわれはミミ族の正体をはっきり捕らえることができるのですが、残念ながらそれがわからないのです。しかし、こういうことはいえる。ミミ族はわれわれと同じような人間でもなければ動物でもない。この前、私がいいましたように、ミミ族はどう考えても金属でなければならない。生きている高等金属でなければならぬというのも、じつはこの問題からきているのです。われわれはもっと勉強しなければ、ミミ族の正体を解くことはできないでしょう」
と、帆村は額に手をあてて言った。
「生きている高等金属、金属は死んでいるものだ。金属が生きているとは思えない。帆村班員の説は納得できない」
山岸中尉は、はっきり反対した。これは山岸中尉でなくても、誰もそう思うだろう。
ところが帆村は顔をあげると、首をもう一度、強く左右に振って見せ、
「前にもいいましたが、ラジウムやウラニウムは、放射線をだして生体をかえていく。これも一種の生活がいとなまれているといえないことはないです。わが地球には、ウラニウム以上の重物質はない。しかし他の天体には、これ以上の重物質、生気溌溂《せいきはつらつ》というか、ぴんぴん生きている物質があるのではないかと思う。そういう高等金属は、一種の思考力を持つこともできるように思うのです。それはいったいどんな経過を通って、どうして行われるか、そいつは今のところ、われわれ地球の人間にはわかっていない。ただそういうことがありそうだ、と思われるだけである」
帆村の口調は、いつとはなしにきびしいものとなっていた。そして彼の顔つきが、なんとなく人間ばなれがして見えた。
ほんとうであろうか、帆村の推論は……。これをたしかめるには、ミミ族の一人を捕らえて解剖してみるしかない。
血路《けつろ》は一つ
山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。
「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」
山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。
「それはむつかしい問題ですよ」
帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。
「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」
山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。
「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」
帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。
「機関銃で撃ってもだめですか」
さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。
「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」
と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。
「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」
そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇《てい》に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明《あ》くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。
もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように
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