柑の香りがした。一房ちぎって口の中へほうりこんだ。甘酸《あまず》っぱい汁――たしかに地上でおなじみの蜜柑にちがいなかった。しかもこの味は四国産の蜜柑と同じだった。
「この蜜柑は、どこになったのかね」
 山岸中尉がタルミミ君へ声をかけた。
「日本産ですよ。外の料理も、みな日本産です。あなた方がくるとわかっていたので、用意してあったのです。どうぞ安心してたべてください」
 どんな方法で、日本の料理や、果物などを手にいれたのか、それはわからなかった。しかしたべてみると、たしかに口にあうものばかりだった。そこで弟にもたべるようにすすめた。二人は腹がすいていたのでよくたべた。一度たべた以上は、少くたべても、たくさんたべても同じことだと胆玉《きもったま》をすえた。
(この連中は、おれたちがここへ来ることを知っていたという。こっちはそんなこととは知らなかった。やはりミミ族の方が、われわれ人間より智力が上なのかなあ)
 山岸中尉は、たべながらそんなことを考えた。山岸兄弟が食事をしているのを見て安心したものか、タルミミ隊員は、いつとはなしに二人の前から姿を消してしまった。
「兄さん。あの緑人がみんなどこかへ行ってしまいましたよ」
「うん。しかし、どこからかこっちを見張っているにちがいないから、油断をしないように……」
「はい」
「お前、疲れたろう。しばらく寝ろよ」
「僕、ねむくありません」
「そうか。では兄さんは、二十分ばかりねむる。お前、起してくれ」
「はい、起します」
 中尉はそこにごろんと横に寝た。
「これは寝心地がいいぞ。士官室の長椅子より上等だ。はははは」
 中尉は豪快に笑った。そしてしばらくすると気持よさそうないびきをかきはじめた。
 山岸少年は、兄ののんきさ加減にあきれてしまった。こんなおそろしいところへ来て、ねむってしまうなんて、なんということだろうかと。またこの気味のわるい白い雲のようなものの上で、よくもねむられるものだと感心した。もしもどうかして穴があいたら、二万七千メートルの高空から、体はまっさかさまに下へ落ちてゆくではないか。
 少年は、このふしぎな「魔の空間」の中でとききれないたくさんの謎をかかえこんでしまって、妙な気持でいるのだった。いったいどうしてこんな高空に、地上の建物の一室とちがわない場所があるのであろうか。
 あの怪人どもの頭の上についている、触角みたいなものはなんであろうか。
 怪人どもの正体は、あの中にあるのだと帆村がいったが、それはほんとうかしらん。ほんとうなら、いったいどんな形をしているのであろうか、ミミ族という生物は……。
 地球人類と同じく銀河系の生物だから、親類だと思ってくれと、ココミミ君はいっていた。銀河系の生物とはなんのことだろう。
 こうして考えていけば、謎はつきない。夢のようにふしぎである。しかし夢ではない。頬をつねればちゃんと痛い。
 早くも二十分がたったので、山岸少年は兄を起した。中尉は起き上ると、海軍体操を二つ三つやって、元気に笑った。
「さあ、これでいい。くるなら来い、どこからでも来いだ」
「兄さんは、よくねむれますね」
「いや、さっきはねむくて困ったよ。……まだ帆村君はもどって来ないか」
「ええ、もう一時間を五分ばかりすぎていますがね」
「話が長くなったのかな。それとも……」
「それとも」
「いや、心配しないでいいよ」
 帆村はなかなか姿を見せなかった。なにかまちがいがあったのではないかと、山岸中尉は思った。だからといって、この白昼探しにゆくわけにもいかない。夜のくるのを待つほかないのだ。ところが、夜はいっこうやってこなかった。
 そのはずだ。ここは地球の上ではないのだ。「魔の空間」である。あたり前なら、二万七千メートルはなに一つ見えぬ暗黒界でなければならぬ。それにもかかわらず、こうして白昼のように物の形がみえているのは、ここが「魔の空間」なればこそだ。謎はますます深くなってゆく。

   帆村の偵察《ていさつ》

 帆村は十時間めに戻ってきた。
「どうした。心配していたぞ」
 山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒《おかん》にふるえていた。
「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」
 山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。
「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。
「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」
「はい。持ってきます」
 山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。
 一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土
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