も、それから十歩と歩かないうちに、喜作たちと同じように、道の真中で足をばたばた始めてしまった。
「ああれ。なんちゅうことじゃ、体が前へ進まんが……」
田中さんはがんばり屋であったから、一生けんめいがんばって前へ進もうと努力した。しかしそれはだめであった。何者ともしれず、前から自分を押しかえしている者があった。もちろんその者の姿は見えない。前へ進もうと力を入れれば入れるほど、強く押しかえされる。顔がおしつぶされて、呼吸をするのが苦しくなるし、胸板が今にも折れそうだ。脚は膝《ひざ》から下がよく動くが、それから上は塀《へい》につきあたっているようだ。
この田中さんのあとに続いて来たのは、三人の工業学校の生徒、それからすこしおくれて、海軍の若い士官が一人と、兵曹長が一人。この二人もやがて、目に見えない力のために、前進することができなくなった。この六人も一列横隊でうんうんいっているし、それから半町ほど向こうには喜作の一家五人がこっちを向いてうんうんいっている。まことにふしぎな光景であった。
皆初めはさわぎ、あとは恐怖のために口がきけなくなってしまうのだった。
ただ二人の海軍さんだけは、さすがにしっかりしていて、そうあわてもせず、互《たがい》の顔を見合わせている。
透明壁《とうめいへき》か
「竜造寺《りゅうぞうじ》兵曹長。これはへんだな」と、山岸中尉がいった。この若い士官は、鉱山の山岸少年の兄だった。
「山岸中尉も、歩けなくなりましたか。どうしたんでしょうか」
竜造寺兵曹長は、陽やけした黒い顔の中から、大きな目をむく。
「へんだなあ。まるで飛行機で急上昇飛行を始めると、G(万有引力のこと)が下向きにかかるが、あれと同じようだな」
「そうですなあ。あれとよく似ていますねえ。おや、前へ出ようとすると、Gが強くなりますよ」
「そうか。なるほど、その通りだ。どうしたんだろう。おや、前に何かあるぞ。手にさわるものがある。柔らかいものだ。しかしさっぱり目に見えない」
山岸中尉はついに手さぐりで、怪物の存在を見つけた。何物ともしれず、ぐにゃりとしたものが手にさわるのであるが、それはさっぱり見えない。透《す》かして見ても、つかんでみても、何も見えないのであった。それは透明な柔らかい壁――、ふしぎなものであるが、そうとでも思うしかなかった。
このふしぎな透明壁が、もし次の
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