吸困難、または窒息《ちっそく》のおそれがある。
思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。
なんという気持のわるいことだろうか。
「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」
と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。
(空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和《やまと》民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)
空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。
その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。
それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。
山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。
これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。
竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。
そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下《かんこうか》の状態においた。
両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。
また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。
中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これか
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