五年だって! じょ、冗談じゃない」
 僕は思わず大きな声を出した。十五ヶ年も、こんな狭い艇内に閉じ籠められ、ただ宇宙を飛び続けるのだったら、僕はその単調のために病気になってしまうだろう。恐らくフランケの外の誰もが僕と同じくさわぎたてるだろうと思い、まわりを見廻したのであるが、その予想は外《はず》れて、誰もさわがない。それには面喰《めんくら》わずにいられなかった。
「おどろいたねえ。諸君は、これから十五ヶ年も本艇に乗っていて、それで我慢が出来るのかね」
 僕はつまらんことを訊《き》いたものだと、云った後で気がついた。もちろん誰も僕に賛成しないのであった。それに、もっと面白くないことは、ベラン氏夫妻が、互いに手を取り合って、意味深長な目付をしたことであった。
「僕の惨敗だ。本艇に乗組んでいる者の中で、今度の宇宙旅行について一等何も知らない者は僕だということが今初めて分った」
 僕は長椅子の上に、どしんと腰を下ろした。
「おい岸、つまらんことで歎《なげ》くなよ。それは最も恐ろしい神経衰弱症の入口を作るからねえ」
 魚戸が傍へ来て、僕の肩を軽く叩く。
「僕のことなんか打棄《うっちゃ》っておいて呉れ。無鉄砲を嗤《わら》われる資格は充分に有るのだから……」
 本年二十五歳の僕は、十五年後には四十歳になってしまう。おお四十歳。今僕の機嫌をとってくれている魚戸が今年四十歳の筈であった。
(おお、あたらわが青春を本艇の中で鋳潰《いつぶ》してしまうのか。ああ、われはあわれな宇宙囚! 残念な……)


   大警告


 艇長リーマン博士に面接する機会は、それから一週間後に来た。
 それまでの一週間の日を、僕たちは殆んどこの艇内の生活に慣れるために費《ついや》したようなものだ。
 僕の私室は十六号であった。
 魚戸の部屋は、その斜向《はすむか》い側の十七号であった。その隣室の十八号が、宣伝長イレネ女史の寝室だった。
 魚戸は、本艇に搭乗以来、僕を煙たそうにして避けているように見えた。そういう態度は、僕にとって決して愉快なことではなかったし、一方僕は前にも述べたように、この艇内に青春を鋳潰《いつぶ》すと決ったことの悒鬱《ゆううつ》さで、機嫌はよくなかったので、魚戸と喋ることは僕の方からも避けていたといえる。
 しかし僕は魚戸に対していいたいことはいくつか持っていた。その一つは、魚戸こそ僕をリーマン博士に推薦し、僕の青春を鋳潰す計画をたてた発頭人《ほっとうにん》ではないか、それを正したかったこと、その二つは、イレネとの関係について日本人たる彼が如何なる考えを持っているのか、同胞の一人としてその所信を正して置きたかったこと、その外に、彼が今度の宇宙旅行に参加するについて如何なる見識を持っているかということであった。まさか彼魚戸ともあろうものが、単なる恋愛のことや一時の好奇心で、向う十五年の貴重な年齢を無駄費いし、五十五歳にして地球へ帰ることを承知しているとは思われない。そこには何か考えていることがあるのではなかろうか。たとえば途中にて脱走の手段などを予《あらかじ》め研究し用意してあるのではなかろうか。
 とにかく、このところ僕を悩ます最大のものは、宇宙旅行の冒険ということよりもむしろ向う十五ヶ年の空費についての悒鬱であった。
 そういう折柄、リーマン博士が、初めて僕ら新聞記者を引見するという知らせがあったのである。
 僕たちは、その日|晩餐《ばんさん》の一時間前に、これまで一度も足を踏み入れたことのない艇長公室へ入っていった。そこはロケットの最前部から一つ手前の部屋で、やはり正六面体をなしていたし、広さは十坪ばかりのかなり広いところで、中二階のようになった階上がついていて、壁際《かべぎわ》の斜めに掛った細い梯子《はしご》によって、昇降ができるようになっていた。恐らく上には、ベッドその他があるのではなかろうか。僕らのはいっていったところは、大きな会社の重役室と大して変った点はなかった。
「やあ、だいぶん諸君を怒らせたことだろう。わしは先刻承知しているんだが、出発早々でどうにもしようがなかったのだ。それに、今だからいうが、本艇の出航が危《あやう》く敵国スパイに嗅ぎつけられようとしたのさ。成層圏の手前から、高度二十キロメートルのところまで、本艇を覗《うかが》っていた飛行機が十二機もあったので知れる」
 と、リーマン博士は、細長の顔によく似合う単眼鏡をきらつかせ、ときには綺麗に刈込んだ頤髯《あこひげ》を軽く引っ張ったりして、機嫌は決して悪い方ではなかった。
「一体何者ですか、十二機は」
 ワグナーが、憎々《にくにく》しげに、語尾に力をこめて艇長にきいた。
「本国へ調査を依頼したところ、返電が来て、そのうち三機はユダヤ秘密帝国に属するもの、それから二機はアメリカのもの、一機はソビエト、もう一機は残念ながら所属不明、もう五機はわがドイツ機なることが判明した」
「けしからん奴どもだ。なぜ、本艇はそいつらを撃墜してしまわなかったのです。今後の本艇の使命遂行上、彼らはきっと邪魔をするに決っていますよ」
「それは考慮した。しかしわれらの統領は成層圏を離れるまでは、如何なる場合といえども、攻撃に出でざるよう命ぜられた。わしは、その命令に忠実であった」
 このとき僕は、大きな声で叫んだ。
「艇長。われらの統領と仰有《おっしゃ》ったんですが、それは誰です。本艇とどんな関係があるのですか。どうも僕だけが、本艇についてもこんどの冒険旅行についても、予備知識が一等貧弱なのです。どんどん教えてください。そうでないと折角のお役目が勤まらないから……」
 艇長は、にっこり笑って肯《うなず》いた。
「われらの統領の名前はいえない。仮りにZ提督《ていとく》ということにして置こう。この統領Z提督が、こんどの超冒険旅行の計画者であるわけだ。わしたちは、絶えず統領から助言をうけ、命令を受取っている」
「すると、その統領なる人物は、ドイツ本国にいるのですね」
「いいえ、ドイツの占領地帯である某高山地方におられる。そこには世界一の天文台と気象台と通信所などがある。尤《もっと》も統領は、時にベルリンへ出かけて、政府の首脳部と会談することもあるが……」
「その統領は、どういう理由で、こんどの宇宙旅行を計画したのですか。これはぜひともいってもらわにゃなりませんよ」
 僕は鋭く斬込《きりこ》んだ。
「そうだ、それだ。今日わしと諸君との会見の要点も、そのことにあると思う」
 と、リーマン博士は案外にも僕の申し入れを全面的に承諾して、
「但しこのことは今後一定の時期まで、報道は禁止とするが、大事な点だから、諸君は了解して置いてもらいたい。先に要点だけをいえば、われわれが棲《す》んでいる地球は今、われら人類だけによって支配されているが、それが近頃他から脅威をうけんとしているのだ」
「他とは何者ぞや」
 僕は黙っていられなくなった。
「他とは、目下のところ何物なるや不明である。しかし今もいったように、地球上の生物――もちろんわれら人類も総括してこれを地球生物というが、それではない他の何者かである」
「火星人というのが、ひところ喧伝されましたなあ」
 ベラン氏が、はじめて口を切る。
「わしのいう他の者は、火星人の如き者かもしれない。しかしわれらの研究によると、火星人ではないように思われる節がある。いずれそのことは火星へいって取調べるつもりだが、わしだけの考えでは、もっと遠方から飛来して来た者ではないかと思う。わしは今仮りにこの油断のならぬその者を、X宇宙族という名をもって呼ぶことにしよう」
「X宇宙族。なるほど、こいつは戦慄的《せんりつてき》な名前だ」
 と、さっきから黙りこくっていた魚戸が、顔をあげて呟《つぶや》いた。
「しかしそれは合点がいかぬですなあ。一体わが太陽系では、生物が棲息《せいそく》しているのは、わが地球と、その外に若し可能ありとすると火星しかない。他の遊星には、生物の棲息できる条件がないということを聞いていますぜ。すると火星以外のどの遊星に、そのX宇宙族とやらいう生物が棲息しているのですかなあ」
 ベラン氏は、信じられないという顔付であった。
「さあ、X宇宙族が、どこから発足した生物だか、わしは今説明する材料を持って居らない。だが、今いったことは、多分間違いないものとひそかに信じているのだ」
 と、艦長リーマン博士は前言を再確認したあとで、特に言葉に力を入れて、次の如くいった。
「四十億光年の直径を持っている大宇宙に、星の数は十五億個、そして宇宙の年齢は、大体十六億年と推定される。その広大な大宇宙の中において、わが地球人類が最高の智能者だと自惚《うぬぼ》れる者があったら、その者はどうかしている。わが地球人類はわずかに今から四五十万年前に発足したものだ。われらは今、ようやくにして防衛対策に気がついたが、もしそれが遅すぎなければ、それは奇蹟中の大奇蹟という外ない」


   航程検討


 リーマン博士との初会合が終了した後で、僕は自分の頭が張子《はりこ》ではないかと疑った。
 この世には、恐ろしく頭脳の鋭敏な人物がいるものだ。
 それにしても、なんだかうまく胡魔化《ごまか》されたようなところがあるような気がして、自分の部屋へ帰ると、リーマン博士の言葉をもう一度復習してみた。だが、その結果、ますますもって博士の着眼点の凡ならざることに感服させられたのだった。
「こいつはたいへんだ」
 僕は、そう叫ぶと、亢奮《こうふん》のあまりベッドの上に起きあがった。そして棚の底にしたたか頭をぶっつけた。
 僕は下に降りて、無暗《むやみ》に部屋の中を歩きまわった。
「こいつはたいへんだぞ」
 何十分間、歩き続けたか、僕は憶えていない。とうとう腰が痛くなって、椅子にどっかと腰を下ろしたとき、僕はようやく頗《すこぶ》る恵まれたる自分の使命に目が覚めた想いがした。
「そうだ。この艇内に十五ヶ年起き伏しすることは、そう悪くないことだぞ」
 僕はそれ以来、人が変ったように朗《ほがら》かな気持で生活することが出来るようになった。そのときは、その足で、記者|倶楽部《クラブ》へ出かけていったものである。
 倶楽部は、僕の外の全員が集って、盛んに大きな声で喋《しゃべ》っていた。喋るというよりは、喚《わめ》き合っているといった方が適当であろう。
「……火星人の外の生物なんて、絶対に考えることが出来ない。艇長にもう一度警告しないでは居られぬ。警告することは、僕らの権利だからねえ」
 ベラン氏が、両手を頭の上までさし上げ、真赤《まっか》になって喚いている。その相手だと見えて、氏の前にいたフランケ青年が、端正《たんせい》な顔をあげていった。
「警告なさるのは自由だが、しかし艇長の信念を曲げさせることは出来ませんよ」
「何でもいい。僕は警告するといったら、警告するのだ。それで聴かれなければ、僕たちはこの旅行から脱退する」
「ちょいとベラン氏。あたしは脱退を決定したわけじゃありませんから、へんなこと言いっこなしよ」
 ベラン夫人ミミが、横から抗議した。それを聞いてベラン氏はまた一層|赭《あか》くなって、
「愛するミミよ。間違った信念を持つ艇長に、僕たちの尊い青春を形なしにされてしまうなんて莫迦莫迦《ばかばか》しいじゃないか。今のうちなら、地球へ戻ってくれといえば、艇長も承知してくれるよ」
「今更地球へ戻ってから又出直すなんて、そんなことは出来ませんよ。あの艇長が、かねて決定しておいた航程を貴方ひとりのために変更することはあり得ませんよ」
「そんなわからん話はない。とにかく僕は掛合《かけあ》わないじゃいられない」
「ねえベラン氏、みっともないことは、もうよしたらどう。それに今更地球へ戻ってみても、あたしたちは高利貸と執達吏とに追駆《おいか》けられるばかりよ」
 ミミに痛いところを突込まれ、ベランは茹《ゆ》で蛸《だこ》のようになって、只《ただ》呻《うな》るばかりだった。
 僕が青春問題を片附けたと思ったら、こんどはベランが青春問題に煩《わず
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