類は、一刻も油断していられないのだ。今われわれは、ようやく宇宙旅行の先鞭《せんべん》をつけ、宇宙尖兵《うちゅうせんぺい》としてこうして大宇宙に乗りだしたが、既に時機が遅くはなかったかと心配しているのだ。X宇宙族は、智力においても勢力においても恐るべき奴だ。さて、これから先、どんなことが起るかもしれないが、あと一ヶ月ぐらいで、いよいよ月世界に上陸することが出来る筈だ。どうか君も、気を大きく持って、この天業に力をかしてくれたまえ」
そういって博士は、大きな手をさしだして僕の手を握った。僕はしっかりそれを握りかえして、強く振った。そのとき僕はふと気がついて、博士にいった。
「そういうことになると、あのベラン氏は羨《うらやま》しいですね。すっかり本艇の微粒子解剖整形装置の詳細を見、その上自分でそれを体験して地球へ帰ったわけでしょう。彼は、新聞界空前のそのニュースを撒《ま》き散らして、全世界の人々を驚倒させるでしょう。新聞記者として、彼は世界一運のいい奴ですよ」
と、僕は羨しくなって、そのことをいった。
すると聞いていたリーマン博士は、苦笑《にがわら》いをして、
「いやそのことなら、そうは問屋《とんや》が卸《おろ》しませんよ。ベラン氏はなるほど安全に地球へ戻りましたが、今頃はもう牢獄の一室に収容されている筈です」
「えっ、それはなぜです」
「ベランは、ユダヤの謀者で、本当はシャストルというユダヤ系アメリカ人です。それですから今日はわざと直ぐ送り還《かえ》したのです。ベラン夫人ですか。あれはシャストルの助手にすぎませんが、一足先に別室に監禁してあります。油断大敵とは、よくいったものですなあ」
底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」三一書房
1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1943(昭和18)年7月号
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2003年12月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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