く艇内で一等広く取ってある部屋に違いない。室内には奇妙な形をした器械が林のように並んでいた。部屋の真中に、白い大きな台があって、その上に大きな硝子の壜《びん》のようなものが寝かしてあった。
 その壜のようなものの中には、銀色に光る大きな団扇《うちわ》のような電極が、縦軸の方向に平行しており、それから壜の外へ長いピストンの軸のような金属棒が出ていた。
 このまわりを白い手術着を着た十人ばかりの人物が囲み、息をつめて壜の中を見ていた。只ひとり、室の隅の椅子に坐って、身体を震わせていた女があった。よく見ると、その女は、縫工員のベルガー夫人だった。
「あの硝子器の中の電極の間に挟まれているものを見給え。あれがベルガー夫人がこの間生んだ嬰児《えいじ》だ」
 ベラン氏が戸棚に掴《つかま》ったままで、身体を横にして僕の耳に囁《ささや》いた。
 僕は氏が教えたところのものを見た。なるほど電極の間に挟っているものがある。それを見た僕は電気にうたれたように吃驚《びっくり》した。正に嬰児には相違なかったが、あるのは頭から胸の半分ぐらいであった。僕は、その切断されたような嬰児の身体を見ては、もう耐えられなくなって、戸棚の上から下に飛び下りようとした。
 するとベラン氏の手が延びてきて、僕の腕をぐっと握った。
「目を放してはいかん。今だ、見て置くのは……」
 僕は仕方なしに、再び硝子壜を見下ろした。二枚の電極が、先刻よりもずっと距離を縮めたようである。事実電極の間には、嬰児の首だけしか残っていなかった。
「まだまだ。目を放してはいかん」
 ベラン氏は、痛いほど僕の腕を掴んでいる。僕はやむを得ず、怪奇なるその場の光景を見下ろしていなければならなかった。そのとき一方の電極が動いているのに気がついた。他方の電極は、嬰児の頭を上から押えているが、それは動かなかった。動く電極は、だんだん動いて、嬰児の頭を半分にしてしまったかと思うと、更に動いていって、やがて他方の電極にぴったりと合った。嬰児の身体は完全に消えてしまった。
 取巻いていた人達は、ほっとした様子で互に顔を見合わせ、硝子壜の傍から放れた。リーマン博士がその人達の中に交っていることを、僕は初めて発見した。
 だが一体これはどうしたというのであろう。こんな残酷なことがあるであろうか。二枚の電極は、嬰児の足の方から溶かしてしまったようであるが、それにしても硝子壜の中に血液らしいものも水のようなものも溜《たま》ってないのは不思議だった。


   消えるベラン氏


「おい見たか今のを……。ベルガー夫人の幼児が、微粒子《びりゅうし》に分解されて地球へ向って送られたのだ。素晴らしい装置ではないか」
 ベラン氏は感動のあまり顔中をぴりぴり震《ふる》わせながら僕に囁《ささや》いた。
「それはどういう意味なのかね」
 僕にはさっぱり嚥《の》み込めない。
「分らん奴だなあ、君は。つまり立体テレビジョンの方式を解剖整形学に活用したものだと思えばいいのだ。とにかくおれは、こうして現場を抑えた以上は、今日こそリーマン博士に喰い下って、地球へ帰らせて貰うのだ」
 ベラン氏は、そういったかと思うと、大きな足音をたてて床にとび下りた。そして間の扉を開いて、リーマン博士とその助手たちが額を集めて何か議し合っている部屋へとび込んだ。
 僕は、戸棚の上に取残されたままだった。
 ベラン氏が、リーマン博士の胸倉《むなぐら》をとって、盛んに口説きだした様子である。何を喚《わめ》いているのか、僕のところへは聴えてこない。
 博士の助手たちが、ベラン氏をうしろから取押えて、博士から引放そうとした。しかし博士は手をあげて、それを停めたようであった。
 やがて博士とベラン氏とが、肩を並べて、かの大きな硝子壜のような器の中に立って、両手を盛んにふって話を始めた。
 そのうちに博士が一歩下って、うんと点頭《うなづ》いた。するとベラン氏が躍りあがった。それから博士の手を両手で握って、強く振った。
(おや、ベラン氏の申出を、博士は承知したようだぞ)
 僕は意外であった。
 するとベラン氏はその場に服を脱ぎ始めた。助手たちが傍に寄ってきた。そしてベラン氏が服を脱ぐのを手伝った。ベラン氏は一糸もまとわぬ裸体となった。
 博士は例の大きな硝子壜の一方の底を電極と共に抜いて待っていた。裸のベラン氏は助手に担《かつ》がれ、横になってその孔から硝子壜の中に入った。氏は中に長々と寝ながら、満足そうな笑みを浮べている。
 博士の手によって、電極がベラン氏の足の裏を押すように差込まれた。硝子の底蓋《そこぶた》が嵌《はめ》られた。接合面のふちに、グリースらしきものが塗られた。
 それから博士は、壁側に取付けられてある大きな配電盤の前へいって、計器を仰ぎながら、いくつかの小さい
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