が荒々しくあいて、十名ばかりの艇員がどやどやと踏み込んできた。彼らは顔から胸へ、水の中を潜ってきたような汗をかいていた。
「皆さん、ごめんなさい。艇長の命令によって、卓子《テーブル》と椅子を外して持ち出します」
「えっ、なんだって」
 応《こた》える代りに、彼等はスパナーと鉄棒とを使って、床《ゆか》にとりつけてあったナットを外し、卓子をもぎとり、椅子を引きはいだ。
「何をするのかね」
 僕は尋ねた。しかし艇員は応《こた》えなかった。口をきくと、行動が鈍くなると思っているらしい。それほど彼らは忙《いそ》いでいた。そして扉を開くと、それを担《かつ》いでどんどん外へ搬び出した。僕たちは只《ただ》目を瞠《みは》るばかりだった。
 そのとき、戸棚の中から、魚戸の声がとびだした。その声は、腸《はらわた》を絞《しぼ》るような響きを持っていた。
「おい、岸はいないか。いたら、すぐ展望室へ来い。艇の外に、すさまじい光景が見える。本艇は宇宙墓地のすぐ傍に近づいたのだ。早く来い。これを見なければ……」
 とまでいったが、そのあとはどうしたものか、声が消えてしまった。
 僕は、魚戸の声に、元気をとり直した。そして同室の二人を促《うなが》して、ふたたび展望室へ駈けあがっていったのである。


   難航


 展望室には、魚戸がいるだけだった。
 ミミの姿も見えなかったし、その夫たるベラン氏も見えなかった。
 魚戸は、僕たちの駈けあがってきたのを見ると、きつい顔付のまま満足げに肯《うなず》いて、窓の外を指し、
「いま、本艇は大作業を始めている。この作業が成功しなかったら、本艇はわれわれを乗せたまま、永遠に宇宙墓地の墓石となり果てるのだ」
 と、演説しているような口調でいった。
「もっと詳《くわ》しく説明してくれ」
 僕は魚戸の腕を抱えて、ゆすぶった。
「あれを見ろ」と魚戸は僕の身体を前方へ引摺《ひきず》るようにして、斜め上方を指し「探照灯は本艇が出しているのだが、あの青白い光の中に黒い小山のようなものが並んでしずかに動いているのが見えるだろう。おい見えるか、見えないか」
「うん、見える、見える」
 僕はようやく魚戸の指すものを探し当てた。ふしぎな島の行列だった。暗黒の宇宙に、なぜこのような多島群《たとうぐん》があるのであろうか。
「見えたか。おい岸。あれを何だと思う」
「何だかなあ」
「あれが宇宙墓地なんだ。宇宙をとんでいる隕石などが、地球と月との引力の平衡点に吸込まれて、あのように堆積《たいせき》するのだ。あのようになると、地球と月とに釘付けされたまま、もう自力では宇宙を飛ぶことはできなくなるのだ。引力の場が、あすこに渦巻《うずまき》をなして巻き込んでいるのだ」
「ふうん」
 僕は言葉も出なかった。
「ところで本艇は今、ずるずると宇宙墓地のなかに引込まれつつある。これはリーマン艇長の予期しなかった出来事なのだ。艇長は、そういうことなしに安全に平衡圏を突破できるものと考えていたのだ。どこかに計算のまちがいがあったわけだ。しかし艇長は、こういう場合に処する用意を考えて置いた。今それが始まっている。見たまえ、下の方を。本艇から、いろいろな物を外へ放り出しているのが見えるだろう」
 と、魚戸は指を下の方に指した。
 僕は欄干《らんかん》につかまって、下方を覗きこんだ。曲面を持った凹《おう》レンズ式の展望窓は、本艇の尾部の方を残りなく見ることが出来るようになっていた。尾部には強力なる照明灯が点《つ》いていて、昼間のように明るい。見ていると、艇側《ていそく》から、ぽいぽいと函のようなものが放り出される。その函は、マッチ箱ぐらい小さいようにも見えるし、また見ようによっては蜜柑箱よりも、もっと大きいようにも思われる。
「あの函はなんだろう」
「あれは屍体の入った棺桶だ」
「えっ、棺桶。ずいぶん数があるようだが、どうしてあんなに……」
「地球を出発して以来、本艇内には死者が十九名できた。その棺桶だ」
「なぜ放り出すのか。宇宙墓地へ埋葬するためかね」
「それは偶然の出来事だ。本当の意味は、この際、本艇の持っている不要の物品をできるだけ多く外へ投げ出し、引力の場を攪乱《かくらん》して、本艇が平衡点に吸込まれるのを懸命に阻止することにある。分るかね」
「よく分らない」
「じゃあこう思えばいいのだ。舟が渦巻のなかに吸込まれそうになっている。そのとき舟から大きな丸太を渦巻の中心へ向って投げ込むのだ。すると渦巻はその丸太を嚥《の》みに懸《かか》るが、嚥んでいる間は渦巻の形が変る。ね、そうだろう。その機を外《はず》さず、舟は力漕して渦巻から遁《のが》れるのだ。それと同じように、いま本艇から出来るだけ沢山の物品を投げ出して、平衡点から遁れようとしているのだ。これで分ったろう」
「まあ
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